今回は、調整型の「遺産分割協議案」の骨子の作り方を見てきます。※本連載では、相続事件研究会の編集による書籍『事例に学ぶ相続事件入門―事件対応の思考と実務』(民事法研究会)より一部を抜粋し、さまざまな事例を元に、遺産分割協議の調整事例をご紹介します。

各自の法定相続分・遺留分の確認からスタート

前回の続きです。

 

事務所に帰ったX弁護士は、Y税理士からもらった遺産目録と、長男D男の話を基に、分割案の骨子を作成した。

 

今回は不動産を売却して金銭にすることまでは皆想定していないとのことであったため、売却するスキームは考えないことにした。

 

[図表1] 当事者の法定相続分と遺留分

 

※前提:法定相続分と遺留分(遺産8000万円評価)
※前提:法定相続分と遺留分(遺産8000万円評価)

 

まずは各自の法定相続分を確認する。最も公平なのは、この額どおりで分け、分けきれない部分は代償金で調整する方法である。

 

しかし、ある程度柔軟な協議ができる場合には、厳密に法定相続分どおりにする必要もない。もっとも、遺留分を割るような提案は少なくとも第1案としては避けたほうがよいだろう。

 

[図表2] 遺産分割案の骨子・第1案(法定相続分ベースで不動産を割り付けていく方法)

※C子は法定相続額よりも1万円多いが端数処理の問題である。
※C子は法定相続額よりも1万円多いが端数処理の問題である。

 

考え方としては、まず、分割が困難(または避けるべき)である不動産を基準に、法定相続分に近い不動産を割り付ける。<Case①>では、アパートの価値が最も高く3500万円であるから、これを妻B女に割り付ける。二男E男の自宅は、現在住んでいるE男が通常相続すべきであるため、E男に割り付ける。実家についても、現在住んでいるD男に割り付ける。しかし、D男とE男に割り付けた不動産はいずれも法定相続分の評価額を超えるため、超えた分については代償金を足りない者に支払うこととする([図表2]の代償金欄参照)。

 

したがって、D男は1500万円と法定相続分の差額167万円を代償金として支払い、E男は、2000万円と法定相続分の差額667万円を代償金として支払うことになる。

 

残りは長女のC子が1333万円分、妻のB女が500万円分不足しているから、これを残った現預金や保険金、代償金で割り付ける。

 

以上より、この考え方では、妻のB女にアパートを相続させるため、今後の生活の糧ができることがメリットであるが、特に二男のE男は代償金を支払う原資があるかが問題となる。逆に長女のC子は流動資産である現金を手にするため、現状維持にすぎないにもかかわらず逆に現金を支払う立場におかれるE男らから異論が出るかもしれない。

被相続人が望んだ形に近いパターンも

[図表3] 遺産分割案の骨子・第2案(実家を妻B女が相続して居住権を確保する方法)

※B女への代償金額1万円は端数処理の問題である。
※C子は法定相続額よりも1万円多いが端数処理の問題である。

 

次に、妻B女に実家を相続させ、B女が安心して実家で生活できるよう居住権を確保する方法である。二男のE男に二男自宅を相続させることは変わらない。アパートを誰が相続するかであるが、長女のC子または長男D男いずれが相続しても、法定相続分をベースにすると多額の代償金が必要となる。また、E男が相応の代償金を要する可能性があることも第1案と同様である。アパートを相続する者の資力や、代償金額をどうするかの調整ができるか否かがポイントとなろう。

 

[図表4] 遺産分割案の骨子・第3案(長男D男が多めに相続し妻B女の介護を引き受ける方法)

※B女への代償金額1万円は端数処理の問題である。
※B女への代償金額1万円は端数処理の問題である。

 

最後に、長男D男に多めに相続させる代わりに、妻B女の介護負担を条件とする方法である。B女には実家を相続させ居住権を確保すること、二男E男の自宅の処理も第2案と同様であるが、同居するD男が介護の責任を引き受けるという点で、B女には安心できる形なのかもしれない。また、長女のC子や二男のE男の取り分を小さくし、その分をD男が相続する形にすれば、亡Aの遺志といわれる「長男D男がすべてを相続する」という形に近いものになる。

 

なお、結局二男のE男が自宅を相続する場合には、まともに法定相続分で考えるとどうしてもE男が代償金を支払うことが必要になってしまう。この点をどう解決しうるか(E男が金銭を用意するのか、または代償金を減額または免除するのか)ということは共通の問題である。

 

ほかにもパターンはいくつもあるが、とりあえずはこの程度にして、あとは他の相続人からも意見を聞いてから具体的に考えることにする。

本連載は、2016年2月12日刊行の書籍『事例に学ぶ相続事件入門』から抜粋したものです。稀にその後の法律改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

事例に学ぶ相続事件入門 事件対応の思考と実務

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相続事件研究会(編集)

民事法研究会

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