被害者の同意が得られず、修理を始められない修理会社
前回の続きです。
以上のような制度そのものの問題もさることながら、それを運用する保険会社のやり方にも大きな問題がある。
今、仮に自分の車が交通事故に遭い、修理しなければならなくなったとしよう。その場合の修理とその補償に関してはどのような流れになるのか。破損した車は、当然修理する必要があるので、修理工場に持っていくことになる。その際保険会社の調査員がやってきて、事故と破損の状況を確認し、保険会社と修理工場で修理に関する協定を結んで修理するという流れになる。また修理が完了するまでの間、保険会社が代車を提供してくれることになる。
いざ修理をするに際しても、保険会社の態度は人身の補償の時と基本的には何ら変わらない。要はいかに必要最低限の修理で収めるか、補償の額を抑えるかということに尽きるのだ。先ほど触れた時価の問題や格落ちの問題などもあり、保険会社の提示する修理内容に納得しない被害者も少なくない。
例えばドアに大きな凹みがあってもドアを交換するのではなくまず打ち出しで直そうとする。仮にドアを交換した場合も経年変化した車体の色と比べると微妙に違和感があったりするが、そのようなことに関しても保険会社は頓着しない。
また、大きな事故だった場合には、自動車の構造や躯体にゆがみなどの異常があることも十分に考えられる。その異常が修理後にどんな影響を及ぼすかもしれず、耐久性が落ちている可能性も高い。一見正常に見える電気系統やとくにコンピュータ制御されている計器関係に関しても、どこかにチップなどの不具合があって誤作動を起こさないとも限らない。被害者にとっては事故車に関しての不安は実に大きいものがあるが、このような点も保険会社が考慮してくれることなどまず望めないのである。
このような状況であるから、保険会社と被害者の間で交渉がまとまらず難航することなどしょっちゅうなのである。するとどうなるかというと、車は修理工場に置かれたまま、一向に修理が進まないという事態になる。修理会社の方は被害者の同意がない限り、勝手に修理を始められないからだ。
保険会社は早々に代車の返還を迫るが…
ここで、保険会社が被害者側に提供している代車がトラブルの種になる。被害者側にとっては保険会社の修理査定が納得できないので修理を始められずイライラしながら代車を使っている状態なのだが、保険会社は代車の使用期間をほぼ修理に必要だとされる2週間程度に限っているところがほとんどである。そして代車使用期間が過ぎると容赦なく代車の返還を迫ってくるのだ。
当然「ちょっと待ってくれ」と被害者は思うだろう。車が修理できていないのは、保険会社が納得できない修理で済ませようとするからだ。納得できる形で話がまとまるまでの間は、当然代車は提供してもらわないと困る。しかし保険会社は弁護士を立てて、車を返却しなければ損害賠償請求する旨の内容証明を被害者に送りつけてくるのである。面白いことに、こんな時だけ彼らの対処は素早い。
ここで保険会社が考えていることは明らかである。代車を引き上げることによって被害者にプレッシャーを与えて、要求を呑ませようとするのである。そして代車さえ引き上げてしまえばもう保険会社の仕事は終わり、それ以上自社の損失は拡大しない。これはちょうど、症状固定をさせて治療費と休業損害を打ち切り、被害者を示談せざるを得ない状況に追い込んでいく構図と同じである。そして被害者が納得せずに問い合わせや苦情を訴えても、基本的には無視する。被害者が音を上げて交渉に応じるまで放置しておけばいいのである。
このような一方的なやり方だけでなく、さらに問題なのは保険会社の被害者に対する説明不足である。修理の見積もりにしても、代車の返還請求にしても、ほとんどの保険会社は書面のやり取りで済ませようとする。物損認定がどのような基準で行われるのか、代車の契約がどのような条件で行われるのか、しっかりと保険会社の担当者が被害者の元へと足を運び、説明をしていれば、まだ納得する余地は被害者の側にもあるかもしれないのだ。ところがそのような手間をかけた誠意を見せる保険会社はまずないといってもいい。被害者にとってみればあまりに一方的な保険会社のやり方、誠意のなさに、心底腹を立て問題がこじれてしまうのである。
本当に納得できないのであれば、弁護士を立て裁判を起こせばよいというかもしれないが、実際問題物損の金額は数十万円の話である。そこでたとえ裁判で勝ち、被害者の要求が認められたところで、せいぜい数万円、十数万円くらいを上乗せできるに過ぎない。もちろん被害者にとっては決して少ない金額ではないが、弁護士を立て裁判で争うほどの損害でもない。
結局このような保険会社の不条理な物損の処理に関しては、ほとんど被害者側が一方的に泣くことになるのである。テレビで日常、有名タレントを起用した損害保険のCMが流れているが、交通事故補償の現場をつぶさに体験し、保険会社と直接やり取りをしてみると、そのイメージと実態が大きく違っていることを痛感するのである。