「まだ2億円は残ってるわよ」質素な祖母が明かした驚きの秘密
美穂さんは春江さんに、離婚後にどうしていきたいのか、自分なりに説明しました。
仕事をどうするのか、収入は低いが正社員で働くこと。公営住宅に住めれば家賃も抑えられること。子どもたちは実家の両親や兄夫婦にも協力してもらうことを頼んだこと。そして、養育費や財産分与等離婚時のお金のことや、子どもたちが成長するまでどのように生活を支えていくつもりなのかについて。――春江さんは、ときどき質問しながら、最後まで話に耳を傾けていました。
「うん、まぁ、よしとしましょうかね」。そういうと、春江さんは笑顔に。
「じゃあ、約束のお金を渡してあげようね」
春江さんは、古いタンスの引き出しから美穂さんの名義の通帳を取り出しました。開いてみると、そこには1,000万円を超える金額が記されています。
「おばあちゃん、こんなに……。でも、本当に大丈夫なの?」
春江さんは、あっさりと答えました。「大丈夫よ。まだ2億円くらい残ってるから」
美穂さんは驚きました。「嘘でしょ……」
目の前にいるのは、いつも古い服を着て、壁紙の剥がれたアパートで暮らしている祖母。とても2億円もの資産を持っているようには見えません。
実は、春江さんが暮らしているアパート自体、春江さん自身の所有物件でした。以前、修繕費の負担と資金繰りに行き詰まっていた知人を見かねて、亡き祖父が買い取ってあげた建物だったのです。
春江さん夫婦は若いころ、会社勤めをしながら、親から引き継いだ田畑で農業も続けてきました。平日は会社へ行き、休みとなれば農作業。決して楽な生活ではなかったそうですが、夫婦で働き、少しずつお金を蓄えてきたといいます。
そんな二人に転機が訪れたのは、地元で宅地造成が進んだときのこと。所有していた田んぼの一部が住宅地として開発されることになり、まとまった金額で売却することができたのです。さらに、その後も土地の売却が重なり、夫婦は大きな資産を手にすることになりました。
しかし、大金を手にしたからといって、贅沢な暮らしを始めたわけではありません。もともと暮らしていた家は、子ども夫婦が新築する際に敷地を譲り、自分たちはちょうど話が来ていた古いアパートを買い取りその一室に移り住みました。「二人で暮らすには、これで十分だからね」と。祖父が先だったあとも、春江さんはそのままアパートで暮らし続けていたのです。
家賃収入がほとんどない古い建物で、年金収入も少なく、住民税は非課税世帯の扱いですが、長年かけて蓄えた元本から、株式や投資信託の配当も入るため、生活するには十分な収入もあり、日々の暮らしに困ることはありませんでした。
春江さんは少し真剣な表情になりました。
「でもね、美穂。お金があるからってなにも考えずに使っていいわけじゃないんだよ。あなたは離婚したら生活できないんじゃないかって怖がってばかりでどうしたら生活できるのかってなにも考えてなかったでしょう? お金を渡すのは簡単。でも、これから先、困ることがあるたびに誰かに助けてもらうわけにはいかないんだよ」
春江さんはなぜ最初からお金を渡さなかったのかを説明しました。春江さんは若いころの苦労を振り返りながら、「自分の人生を、自分の力でどう切り拓いていくか」という覚悟と知恵を美穂さんに伝えたかったようです。
その後、美穂さんは夫と別居、離婚調停を申し立てました。財産分与や養育費についても話し合い、比較的円滑に合意することができ、子どもたちと新しい生活を始めることになったのです。