「年寄りから金を取るためだろ!」…役人の返答
年金事務所の窓口で順番が来ると、正雄さんは興奮気味に職員へ訴えました。
「この書類を出さなかったら、税金が余計に引かれるって聞いたんだけどさ」
職員は申告書を確認しながら、公的年金が一定額以上になると所得税の源泉徴収対象になる仕組みを説明します。配偶者控除や扶養控除、障害者控除などに該当する場合、「扶養親族等申告書」を提出することで、それらを反映して源泉徴収税額を計算するため、提出が必要になるのだということを伝えました。
しかし、正雄さんは余計に苛立ちます。
「書類を1枚忘れただけで、勝手に税金を多く引くなんておかしいだろ! 大体、書いてあることがわかりにくいんだよ! お前ら役人は俺たちに年金を払いたくないからわざとわかりにくくしてるんだろ! こんなの国の陰謀だ!」
もちろん年金事務所の職員が年金を減らすために制度を複雑にしているわけではありませんが、「損をさせられた」と思い込む正雄さんの耳には届きません。激しいやりとりが続くなか、別の職員が声をかけてきました。
「あの、ちょっとよろしいですか? 書類を出し忘れたからといって、その税金がすべて戻ってこないというわけではありませんよ」
どういうことかと、ようやく正雄さんは耳を傾けます。職員は次のように説明を続けました。
「期限を過ぎていても、扶養親族等申告書を提出していただければ年の最初の年金のお支払いまで遡って源泉徴収税額を調整することもできます。また、最終的に本来納める税額より多く所得税を納めていた場合には、確定申告をすることで精算し、還付を受けられる場合があります」
拍子抜けした正雄さんの勢いが、少し衰えました。職員はさらに、税務署へ相談すれば確定申告の手続きについて案内してもらえる旨も付け加えます。しかし、ここまで怒鳴ってしまった正雄さんは、振り上げた拳を急には下ろせません。
「そんな面倒なこと、いちいちやってられないだろ! そもそも、なんで年金から税金なんて引くんだよ!」
不満を漏らしつつも、職員になだめられた正雄さんは先ほどまでの威勢を失ったまま年金事務所をあとにしました。
帰宅すると、恵子さんが「それで、どうだったの?」と尋ねてきます。正雄さんは気まずそうな表情を浮かべて答えました。
「……払い過ぎてたら、返してもらえるらしい」
それを聞いた恵子さんは、「恥ずかしいからやめてよね……」といいます。
どうやら妻の一言のほうが、年金事務所の説明よりも胸に堪えたようでした。