妻の死から3年、預金が底を突いた理由
妻を亡くしてから3年が経ち、75歳になった正一さんは同じマンションで一人暮らしを続けていました。
料理は和子さんに任せきりだったため、自分で作れるものといえば、ご飯を炊いたり、インスタントラーメンを作ったりする程度。最初のうちは簡単な食事で済ませていましたが、それも長くは続きませんでした。
「1人分だけ作るのも面倒だし、外で食べたほうが早いな」
次第に外食が増え、スーパーで総菜や弁当を買うことも多くなりました。
それだけではありません。
妻が亡くなってから、正一さんは近所のスナックに頻繁に通うように。若いころは会社の付き合いで飲みに行くこともありましたが、退職後はほとんど足を運んでいませんでした。
一人暮らしになってからは、家に話し相手がいません。寂しさから、店のママや常連客と話す時間が、正一さんにとって大切なものになっていました。他愛もない会話でも、正一さんにとっては誰かと話せるだけで気持ちが楽になったのです。
しかし、こうした生活の変化は家計にも表れていました。
妻がいたころ、夫婦の生活費は月28万円程度。年金収入の範囲でほぼ賄えており、預金を取り崩すのは旅行や家電の買い替えなど、まとまった支出があるときくらいでした。
ところが、妻が亡くなってからは、和子さんが受け取っていた年金月10万円がなくなり、収入は正一さんの月18万円だけになりました。一方、生活費は外食や交際費の増加などによって月34万円程度に。毎月の赤字は約16万円に膨らんでいたのです。
「1人になったんだから、生活費も安くなるだろう」
正一さんはそう考えていました。しかし実際は、妻がいたころよりも支出が増えている状態。ある日、銀行の通帳を記帳した正一さんは、残高を見て驚きました。
「えっ……もう、これしか残ってないのか?」
妻が亡くなったころには600万円ほどあった預金が、ほとんどなくなっていたのです。毎月16万円の赤字が3年間続けば単純計算で576万円になります。預金が底を突くと、正一さんは自身の介護資金用に残していた生命保険を解約し、解約返戻金を口座へ補填しはじめました。
まとまった現金が手元に来た安心感から、正一さんの金銭感覚はさらに麻痺していきます。スナックに行けば誰かが話を聞いてくれ、すでに正一さんにとってなくてはならない重要な場所になっていました。一人で過ごす夜の寂しさを考えると、その時間を手放すこともつらかったのです。
スナックへ通う頻度は、週に数回からほぼ毎日へと増えていきました。常連客にお酒をご馳走したり、ママにボトルを何本も入れたりすることで自分の存在意義を感じていたのかもしれません。子どもも独立し、妻もいなくなり、守るものがなくなり自暴自棄になってしまった部分もあるようです。しかし、解約返戻金も無限にあるわけではありません。
毎月の生活費と交際費は50万円近くにまで膨らみ、毎月の赤字額は30万〜35万円へと増えました。年間で約400万円ものペースで資産が削り取られていき、75歳からわずか4年が経過した79歳のころには、保険の解約返戻金もついに枯渇。
金融資産がゼロになった正一さんは、残された資産である自宅マンションを売却する決断を下しました。売却によって約900万円の手元資金を得たものの、自宅を失ったため、家賃9万円の賃貸マンションへと引っ越さざるを得なくなります。
「これでまたしばらくは暮らしていける」と考えていた正一さんですが、外食癖やスナック通いの習慣を断ち切ることはできませんでした。さらに、80歳を超えて持病の治療費や通院費用がかさむようになり、家賃負担まで加わったことで、毎月の赤字は20万円を下回りませんでした。
マンションの売却資金も、わずか4年足らずで使い果たしてしまいます。その後は消費者金融で借金を繰り返しました。
「まさか俺が老後破産することになるとは……。こんな状態では孫にも会えない。子どもにも情けなくて頼れない」
毎月18万円の年金収入だけでは毎月の家賃と借金の返済すら賄えない状態に陥り、医療費や日々の食費にも事欠く老後破産を迎えてしまいました。