裕福な両親と、生活がぎりぎりの息子家族
田村和子さん(75歳)は、夫の正夫さん(78歳)と2人暮らしです。
夫婦は長年、正夫さんの両親から引き継いだ店舗を営んできました。主な事業は、ネットワークビジネスによる化粧品の販売です。若いころから販売組織を築き上げ、現在は自身が直接販売する利益に加え、構築してきた組織からの権利収入も受け取っています。
夫婦とも個人事業主として働いてきたため、公的年金は2人合わせて月14万円ほど。しかし、事業から得られる収入は現在も月80万円を超えています。全盛期にはネットワークビジネスだけで月収100万円超え。近年では顧客の高齢化により収入は減っていますが、現役世代の平均を大きく上回る収入を手にしています。
さらに夫婦には、若いころから積み立ててきた私的年金や生命保険、預貯金などの金融資産が合計1億円以上あり、加えて、賃貸アパートも2棟所有しています。公的年金だけを見れば決して多いとはいえませんが、金融資産や事業収入、不動産を含めて考えると、老後の生活には十分な余裕がありました。
和子さん夫婦には、離れて暮らす2人の子どもがいます。
もともと長男の健太さん(43歳)が家業を継ぐ予定でしたが、健太さんの結婚を和子さんらが反対したことから親子関係が悪化。結局、健太さんは家業を継がずに妻の美咲さん(40歳)が経営するサロンを一緒に切り盛りする道を選びました。
健太さん夫婦の事業は決して順調とはいえず、2人合わせた月商は60万円を少し超える程度。店舗の家賃や光熱費、広告費などを支払うと、家計に回せるお金は月30万円ほどです。そこから生活費や子どもたちの教育費を捻出していますので、決して余裕のある暮らしとはいえません。
住まいは市営住宅で、夫婦で工夫しながら2人の子どもを育ててきました。そんな健太さん夫婦に、3人目の子どもが誕生したのです。
「3人目が生まれたんですって。お祝いに行きましょうよ」
普段は長男夫婦とあまり交流のない和子さんでしたが、孫の誕生は素直に嬉しい出来事でした。正夫さんも喜び、出産からしばらくたったころ、健太さんたちの住む市営住宅を訪れることにしました。
出産祝いに100万円…温かい雰囲気が一転したワケ
「お父さん、お母さん、わざわざありがとう」
健太さん夫婦は、2人を笑顔で迎えました。和子さんは、生まれたばかりの孫の顔をのぞき込みながら、用意していた祝儀袋を差し出します。
「これ、出産祝い。3人目だし、なにかと物入りでしょう」
中には、現金100万円が入っていました。
「えっ、こんなに? さすがに申し訳ないよ」
健太さんは驚き、美咲さんも恐縮した様子でした。
「いいのよ。孫のために使ってちょうだい」
久しぶりに親子のあいだで穏やかな会話が弾みます。上の子どもたちの近況や、赤ちゃんの話に花が咲き、和子さんも正夫さんも、楽しい時間を過ごしていました。
ところが、和子さんが部屋を見回しながら口にした一言で、空気が変わります。
「それにしても、こんな狭いところで3人育てるのは大変よね……」
「まあ、なんとかやってるよ」と健太さんが苦笑いを浮かべて受け流そうとしましたが、和子さんは言葉を止めませんでした。
「こんなところに住んでるくらいだから、お店の経営だって楽じゃないんでしょ? だから、私たちの仕事を手伝えばよかったのよ。うちの化粧品、あなたたちのサロンでも販売すればいいじゃない。お客さんもいるんだから、売上になるでしょう?」
美咲さんが、「ありがとうございます。でも、うちはいまのメニューと商品でやっていこうと思っていて……」とやんわり断ります。しかし和子さんは「そんなこといっても、儲からない仕事をいつまでも続けていたって仕方ないでしょう?」といって折れません。