「私がいなきゃ…」母中心になった人生
香織さん(仮名・46歳)の生活が大きく変わったのは5年前。41歳のときに、母・和子さん(仮名)と同居を始めたことがきっかけでした。
当時、父親を亡くした母が一人暮らしになってから3年ほど。「寂しいわ、一緒にご飯を食べたい」と頻繁に頼ってくる母を、香織さんは放っておけませんでした。
「私は独身だし、母も一人で不安だろうから、一緒に暮らしたほうがお互い安心だと思ったんです」
当初は、家事を分担しながら穏やかに暮らしていました。しかし、母が75歳になったころ、自宅で激しく転倒。幸い骨折は免れたものの、それをきっかけに歩行が不安定になり、入浴や階段の上り下りなどに介助が必要になりました。
要介護認定を受けたところ、「要介護2」と判定。地域包括支援センターから訪問介護やデイサービスを勧められましたが、母は、「知らない人に家に入ってもらうなんて嫌」と利用を拒否しました。
「だって、香織がいてくれるじゃない」
そう言われると、香織さんも強く勧めることができませんでした。
それから香織さんは、正社員として働きながら母の介護を担いました。朝食の準備、着替えの手伝い、通院の付き添い……。
仕事はフルタイムではなく時短勤務に。着実にキャリアを積み重ねてきた香織さんにとっては、その先のステップアップを諦めたも同然でしたが、母のために選択した働き方でした。
母の年金は月15万円ほど、貯金は約1,200万円。手すりの設置や介護用品などの費用もかかり、母の貯金は少しずつ減っていきました。香織さん自身、勤務時間の短縮で給料は7割ほどに減り、将来への不安が増していきました。
「母の状態が悪くなれば介護離職も視野に入れなくてはならなくなる。やっていけるのだろうか……」
そんなある日、久しぶりに友人から食事に誘われました。
「日曜日、お昼だけ友達と会ってきてもいい?」
「そう……。香織がいないと、一人になっちゃうけどね」
結局、約束を断った香織さん。しかし、その夜、今の自分には何の楽しみもなく、不安しかないことに気づきました。
「いつから私は、母が一人にならないことを最優先にして、自分の予定を決めるようになったんだろう」
このままでは仕事も、そして自分の人生そのものを失ってしまうのではないかと強く感じたのです。

