「俺、こんなに仕事できなかったのか」
転職してすぐ、和田さんは戸惑います。前の会社では電話一本で済んでいた仕事が、新しい会社では社内システムへの入力や上司の承認が必要です。
「これ、電話したほうが早いんじゃないか……」
そう思っても、会社が違えばルールも違います。営業の進め方も、人間関係も一から。つい「前の会社ではこうしていました」といえば、「それは、もう忘れてください」と一言。
さらに、会議では会社の事情が分からず、的外れな発言をしてしまうことも。前職では部下に指示を出していた和田さんが、今度は年下の社員に、あらゆる面で教えてもらう立場になりました。
最初は、慣れていくと思っていました。しかし、次第に仕事を頼まれることが減っていきます。自分が作った資料が、いつの間にか別の社員によって修正されていたこともありました。
誰かに「使えない」と言われたわけではありません。それでも、自分自身が役に立っていないことを感じ取ってしまう。その空気に、池上さんは耐えられなくなっていきました。
「俺、こんなに仕事ができなかったのか。惨めだな……」
意気揚々と転職を決めた気持ちは、すっかりしぼんでいました。結局、和田さんは転職から1年ちょうどで退職したのです。
「転職なんてしなきゃよかった」…ハローワークでぽつり
しかし、61歳での転職は想像以上に大変でした。ハローワークにも通いましたが、提示される条件は大きく下がり、なにより自分の営業経験が生かせそうな会社自体、かなり限られています。
書類はなかなか通らず、前の転職ですっかり自信を失った和田さんは、面接でも苦戦。雇用保険(失業保険)の基本手当の受給期間を受け取りながらも、気持ちは焦るばかりでした。
和田さん一家の支出は、住宅ローンを含めて月30万円ほど。健康保険料や固定資産税などもあり、年間の支出は400万円を超えます。不足分は、貯蓄から取り崩すしかありません。
妻からも「前の会社を辞めなければよかったのに」と言われ、家にも居場所がありません。
「完全に判断を誤りました。あのとき会社に残っていれば……」
60代の転職、「経験があるから大丈夫」とは限らない
内閣府「令和7年版高齢社会白書」によると、2024年の男性の就業率は60~64歳で84.0%、65~69歳でも62.8%。65歳を過ぎても働き続ける人は少なくありません。
しかし、「働き続ける=ずっと同じ待遇」ではありません。60歳を境に、働き方が大きく変わる人は少なくありません。だからといって、すぐに転職を決めていいのでしょうか。
長年の経験があるから即戦力になれる、と考えがちですが、会社が変われば仕事の進め方も人間関係も変わります。年下の社員から仕事を教わることに抵抗がある人は、特に注意が必要です。
「今の環境を抜け出したい」と思って移った先で、さらなる困難が待っていることも難しくありません。
だからこそ、60代前後の転職には、より慎重さが求められます。そして、「もし転職先でうまくいかなかったら」を考慮しておくことが大切です。
60代からの転職は、人生の再スタートになる可能性がある一方、和田さんのように「こんなはずではなかった」となるリスクもあります。
「今の会社を辞めたい」という気持ちだけで決断するのではなく、新しい職場で自分の経験が本当に評価されるのか、そして新人として一からやり直す覚悟があるのか。そこまで考えた上で慎重に決める必要があります。
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