「誰の顔色も見なくていい」一人になって変わった夜の時間
団地へ引っ越した日の夜、隆さんは近所のスーパーで買った弁当を一人で食べました。テレビを見ながら食事を終え、風呂に入り、10時過ぎには布団に入ります。
翌朝、目を覚まして時計を見ると7時を回っていました。
「久しぶりに途中で一度も起きなかったんですよ。それで、ああ、俺は家にいるだけでずっと気を張ってたんだなって思いました」
離婚したこと自体に迷いがなかったわけではありません。
長く暮らした家を離れ、2DKの団地で一人になると、最初は部屋の静かさに戸惑いました。夕食を作っても「おいしい」と言う相手はいません。
それでも、生活を自分で決められることは、隆さんが想像していた以上に気楽でした。
朝食が遅くなっても構いません。夕食を簡単に済ませたい日は、総菜を買って帰ります。テレビを消して本を読んでいても、誰かに気を使う必要はありません。
「一人になれば寂しくて仕方ないと思っていました。でも、私の場合は寂しいより、ほっとしたほうが大きかったですね」
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、配偶者やパートナーと離婚している65歳以上では、普段、人と話す頻度が「1週間に1回未満・ほとんど話をしない」という人が18.3%でした。また、日常生活の作業で「頼れる人はいない」とする割合も20.9%となっています。離婚後に一人で暮らす場合、本人が一人の時間を心地よく感じていても、周囲とのつながりをどう保つかは別の課題です。
隆さんも、団地に移った当初は数日間、ほとんど誰とも話さないことがありました。
そこで、週に一度は以前の職場の友人と昼食をとり、月に数回は子どもたちに連絡するようにしています。団地でも、朝に顔を合わせる住人とは挨拶を交わすようになりました。
離婚から2年。元妻とは子どもの用事などで連絡することはありますが、互いの生活に口を出すことはありません。
「結婚していた時間まで否定するつもりはないんです。子どもも育てたし、楽しかった時期だってありました。ただ、最後の何年かは、お互いに一緒にいることがしんどくなっていたんでしょうね」
今の隆さんは、夕食後に好きなテレビ番組を見て、眠くなったら布団に入ります。
「熟年離婚して、ようやく眠れるようになりました。大きな家もないし、一人ですけど、夜に『明日は何を言われるだろう』と考えなくていい。それだけで十分なんです」
長く連れ添ったからといって、その後も同じ暮らしを続けることが、すべての夫婦にとって最善とは限りません。一方で、離婚を選べば必ず生活が楽になるわけでもなく、住まいや家計、一人になったあとの人とのつながりなど、新たに考えなければならないこともあります。
退職や子どもの独立によって生活が大きく変わる時期だからこそ、この先を誰と、どこで、どのように暮らしたいのか。夫婦それぞれが改めて考えることも、老後の生活を組み立てる一つの機会になるのかもしれません。
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