夫婦で食い違っていた退職金の使い道
その日は結論が出ませんでした。浩二さんは「自分で働いて受け取った退職金なのに」と不満を感じ、美紀さんも「これから給料がなくなるのに」と納得できませんでした。
ただ、数日後、二人はノートをもう一度開きました。今度は行きたい場所ではなく、これから必要になるお金を書き出しました。
築20年を超えた自宅は、今後外壁や給湯設備などの修繕も考えなければなりません。
さらに浩二さんは65歳まで再雇用で働く予定ですが、給与は現役時代より下がります。公的年金を受け取り始めるまでの家計も確認する必要がありました。
「500万円を先に旅行用として取っておくのが怖かったんだと思う」
美紀さんがそう話すと、浩二さんも「じゃあ、毎年100万円使うって決めるのはやめよう」と答えました。
二人が決めたのは、旅行費を5年分まとめて確保するのではなく、毎年の家計を確認しながら、その年の旅行予算を決める方法でした。
住宅ローンについても、すぐ全額を返済するとは決めませんでした。手元資金とのバランスや返済条件を確認したうえで判断することにしました。
最初の旅行先に選んだのは北海道です。
美紀さんが以前から行きたがっていた場所で、1週間ほどかけて道内を回る計画を立てました。夫婦二人で約40万円を予算にしています。
「退職したら好きなだけ旅行できると思っていたけど、考えてみたら、これからは時間はあっても収入は減るんですよね」
一方、美紀さんにも変化がありました。
「私は反対に、退職金にはなるべく手をつけないほうがいいと思い込んでいました。でも、何のために残すのかも考えないといけないなって」
浩二さん夫婦の場合、どちらか一方が間違っていたわけではありませんでした。浩二さんは「働いている間にできなかったことに使いたい」、美紀さんは「今後収入が減るから残しておきたい」と考えていたのです。
問題だったのは、その考えを定年前に具体的に話していなかったことでした。
今年の秋には、夫婦で最初の旅行へ出かける予定です。浩二さんのノートには、まだたくさんの地名が残っています。
退職金を「使うお金」と「残すお金」のどちらか一方に決めるのではなく、これからの家計とやりたいことを照らし合わせながら使い道を決める。それが、定年を迎えた二人が出した結論でした。
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