「妻に全財産を相続させる」という遺言を作成する
正夫さんの希望を実現するために有効なのが、遺言書の作成です。例えば、「自分の全財産を妻の恵美さんに相続させる」という趣旨の遺言を残しておけば、原則としてその内容に従って財産を承継させることができます。
ここで重要なのが「遺留分」です。遺留分とは、一定の相続人について、遺言によっても奪うことのできない最低限の取り分を保障する制度です。
兄弟姉妹には遺留分が認められていないため、正夫さんが全財産を恵美さんに相続させる旨の遺言を作成しても、妹の幸子さんが「自分にも法定相続分の8分の1がある」と主張することは基本的にはできません。これなら、恵美さんに財産を残し、幸子さんには相続させたくないという正夫さんの希望を実現できそうです。
弁護士の説明を聞くと、正夫さんも大きくうなずいて賛成しました。
「兄弟には遺留分がないことは自分でも調べていたのですが、やはりそうなのですね。それなら、妻に全てを相続させる遺言を作っておけば安心ですね」
しかし、弁護士はすぐには首を縦に振りませんでした。
「いえ、実はそれだけでは、まだ安心とはいえないのです」
財産を相続させるはずの妻が先に亡くなったら、遺言はどうなる?
言葉を選ぶように、弁護士はこんなアドバイスを切り出しました。
「ご夫婦ともにご健在のなか、実際に起こると思ってお話しするわけではありません。ただ、仮に恵美さんが正夫さんより先に亡くなられた場合、妹の幸子さんが再び相続人となる可能性があるため、その点を考えておいたほうがよいでしょう」
遺言で財産の相続人に指定した人が遺言者より先に亡くなった場合、指定した相手に財産を相続させる旨の遺言は原則として効力を生じません。
したがって、「全財産を妻の恵美さんに相続させる」という遺言を作成しても、恵美さんが先に亡くなればその遺言だけでは効力を失い、全財産の2分の1が幸子さんのもとに帰属してしまう可能性が生じるのです。
もちろん、恵美さんが亡くなったあとに正夫さんが遺言を書き直すこともできます。しかし、遺言を書き直す前に正夫さん自身が亡くなったり、認知症などによって遺言を作成することが難しくなったりする可能性もあります。
そこで、最初の遺言の内容として、「仮に恵美さんが先に亡くなってしまった場合、財産を誰に残すのか」まで決めておくという方法が考えられます。
