契約書の表題は関係ない…裁判所が見るのは「働かせ方の実態」
今回の争点は、佐野さんが労働基準法上の「労働者」にあたるかどうかです。この判断において、契約書の表題はほとんど意味を持ちません。
実務の指針となっているのは、昭和60年の労働基準法研究会報告が示した以下の項目です。
- 仕事の依頼を断る自由があるか
- 業務の進め方に指揮命令を受けていないか
- 勤務場所や時間の拘束がないか
- 報酬が労働そのものへの対価になっていないか
これらの4点から「使用従属性」を見たうえで、さらに事業者性や専属性なども補強要素となります。
上記の項目に照らし合わせてみると、今回は会社側に不利な事実が並びます。毎日の朝会参加と日報の提出、チャットツールへの30分以内の返信ルール、訪問先やの指示や会社指定資料の使用指示、成果と連動しない固定報酬――。
菊池社長が「誠意」だと思っていた待遇のほとんどが、佐野さんの労働者性を裏づける材料になるのです。近年の裁判例にも、業務従事時間の指定や再委託の禁止を理由に労働契約の成立が認められたものがあります。
会社側が負担するのは残業代だけではありません。賃金請求権の時効は労働基準法で5年、当面の間は3年とされています。そのため、2026円8月現在では3年分が遡ります。また、社会保険料も原則2年分を遡って請求できることになっており、未払いの割増賃金と同額までの付加金を裁判所が命じることもあります。
もう一つ重要なのが、「契約終了そのものの効力」です。労働者と認められれば「1ヶ月前に伝えたから問題ない」は通用せず、契約終了は解雇として扱われます。労働契約法16条にも、「合理的な理由と社会通念上の相当性を欠く解雇は無効」と記載されています。
労働者と認められた場合、契約終了の通告後も雇用が続いていたことになり、争っている間の賃金相当額「バックペイ」の支払いを命じられます。解決に1年かかれば、残業代とは別に月45万円の給料×12ヶ月分を支払う必要があります。「1人分なら払える」という金額では収まりません。
重要なのは契約書ではなく「実態」。確認すべき5つのポイント
今回のようなトラブルを防ぐために必要なのは、契約書の文言を整えることではなく、働かせ方の実態を棚卸しすることです。
確認すべきことは以下の5点です。
- 始業・終業時刻や朝会への参加を義務づけていないか
- 業務の進め方や訪問先を細かく指示していないか
- 依頼を断る自由が実際にあるか
- 他社での仕事を禁止したり、事実上できない状態にしていないか
- 報酬が成果ではなく「拘束した時間」に対応していないか
一つでも当てはまるなら、その契約は危険域にあります。
5つの項目のいずれかに当てはまった場合の解決策は2つです。1つ目は、時間拘束・専属性・固定報酬の3点を実務から外して本当の業務委託にすること。2つ目は、現在の働き方が必要だと認めて雇用契約に切り替えること。雇用契約に切り替える場合でも有期雇用や短時間勤務といった設計の幅はあり、思い込みで業務委託を続けるより人件費が抑えられることがあります。
業務委託でも取引条件の明示が義務化
2024年11月施行のフリーランス新法により、業務委託でも取引条件の明示が発注者の義務となりました。厚生労働省では約40年ぶりに労働者性の判断基準を見直す議論も進んでおり、実態と契約の食い違いを放置するリスクはむしろ上がっています。
菊池社長に悪意はありませんでした。佐野さんの待遇を良くしてあげたいという気持ちが、結果として労働者性を強めてしまうことになったのです。社内に業務委託契約の従業員がいる場合は、契約書の内容ではなく勤務実態を今一度点検してみてください。
桐生 由紀
Authense 社会保険労務士法人
代表社会保険労務士
