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スイス口座で発生した約9億円の為替差益
裁判の発端となったのは、国内に住む個人投資家による大規模な海外資産運用だった。
1審・東京地裁判決、2審・東京高裁判決によると、原告の投資家は2014年、スイスの金融機関に開設した自身の口座に105億円を送金し、資産運用を一任していた。金融機関は2015年末まで、日本円で取得した外国通貨を別の外国通貨へ交換したり、外貨建て有価証券を取得したりする取引を繰り返していた。
投資家側がこの間に生じた為替差益を所得に含めずに2014・2015年分の確定申告をしたところ、東京国税局は2018年、約9億円の為替差益について「課税対象となる所得がある」として更正処分を行った。
これに対し投資家側は2020年、「円に払い戻していない以上、為替変動リスクは残っており利益は確定していない」と主張し、課税処分の取り消しを求めて提訴した。
1審・東京地裁判決(2022年8月)は、実際に円に払い戻さなくても、資産交換の時点で利益は実現したものと評価できるため、為替差額が発生していれば所得税法上、雑所得として課税対象になると判断し、投資家側の請求を棄却した。
2審・東京高裁判決(2023年5月)も1審判決を支持した。投資家側はこれを不服として上告したが、最高裁は今回、国税側勝訴とした1、2審判決を維持し、上告を棄却した。
なぜこの判断が注目されるのか
投資家の感覚からすれば、この主張には一定の説得力がある。ドルをユーロへ交換したとしても、その後の相場変動によって資産価値は増減する。最終的に円へ戻すまでは本当の利益は分からないと考えるのも自然だろう。
しかし最高裁は異なる見方を示した。
判決では、外貨を別の外貨や有価証券と交換した時点で、それまでの為替変動によって生じていた価値の増加は実現したものと評価できると指摘した。取得時より価値が上昇していたのであれば、その増加分は交換の時点で実現した利益と考えるべきだという見解を示した。
例えば100万円で購入したドルが、円安によって120万円相当まで値上がりしたとする。その後、そのドルを使ってユーロを購入した場合、投資家は円を受け取っていなくても為替差益20万円が実現したものとして扱われる。
今回の判決は、こうした考え方を最高裁の判断として確立したものといえる。
なお、林裁判長ら裁判官3人は補足意見で、外貨同士の交換や外貨建て有価証券の取得時に生じる為替差益課税を直接定めた明文規定は存在せず、今回の判断はあくまで現行法の解釈にとどまると指摘した。
そのうえで、課税のあり方を抜本的に検討し、必要な法的手当てを講じることが強く望まれていると述べている。今回の判決が実務上の取り扱いを確認したものであっても、立法的な整備が今後の課題として残されている点は留意したい。
「円に戻したか」ではなく「資産を交換したか」が争点だった
今回の判決について、税理士の貝井英則氏(シェル総合会計事務所代表)に取材をした。
貝井氏はこの点について、「今回争われたのは、日本円で取得した外貨を別の外貨や外国通貨建て有価証券へ交換した際に生じる為替差益。だが、為替差益課税そのものよりも、『資産交換時に利益はいつ実現するのか』という所得税の実現主義を確認した判決として注目している」と話す。
原告の投資家は、「円に戻していない以上、利益は確定していない」「依然として為替変動リスクを負っている」と主張した。これに対し最高裁は、円転(外貨を日本円に交換)の有無や将来の為替変動リスクではなく、「値上がりした外貨という資産を別の資産へ交換した」という点に着目した。
例えば、100万円で取得したドルが160万円相当まで値上がりしても、そのまま保有している限りは含み益であり課税されない。しかし、そのドルをユーロへ交換したり、外国株を取得したりした時点で、税務上はドルという資産を処分し、別の資産へ交換したことになる。
「投資家の感覚では『ドルで株を買っただけ』かもしれません。しかし税務上は『ドルという資産を処分し、株式という別の資産へ交換した』と考えます。最高裁は、この資産交換の時点で、それまでドルに含まれていた利益は実現したと判断しました」(貝井氏)
海外口座も把握される時代に
税務調査では、株式の売買損益だけでなく、外貨という資産がどのように取得され、どのように処分されたのかも確認される。
具体的には、
●外貨の取得時期
●取得レート
●外貨同士の交換履歴
●外国株購入時のレート
●外国株売却後の資金移動
などだ。
さらに近年は、税務当局による海外取引の把握能力も大きく向上している。日本は各国との租税条約や租税情報交換協定により、要請に基づく情報交換の枠組みを構築しているほか、共通報告基準(CRS)に基づき、一定の海外金融口座情報が各国税務当局の間で自動的に交換される仕組みが整備されている。
そのため、「海外口座だから把握されない」「海外証券会社を利用しているから分からない」といった認識が、そのまま通用する時代ではなくなっている。
一方で、税務当局が把握できることと、納税者が正確に管理できることは別問題でもある。
「今回の考え方を厳密に適用すると、投資家は外貨取得時のレートを長期間管理し、資産交換のたびに為替差益を計算する必要があります。これは実務上、多くの個人投資家にとって決して容易なことではありません」(貝井氏)
海外資産を保有している投資家は、株式の損益だけでなく、外貨の取得・処分履歴についても適切な記録を残しておくことが重要になるだろう。
海外投資時代に問われる「資産交換」の視点
今回の判決の本質は、単に「為替差益も課税される」と確認したことにとどまらない。最高裁が示したのは、繰り返しになるが「資産交換時に利益はいつ実現するのか」という所得税の基本原則である。
今回の事案では、ドルからユーロなどへの外貨同士の交換や、外国通貨建て有価証券の取得が争点となった。最高裁は、「円に戻したかどうか」ではなく、「値上がりした外貨という資産を別の資産へ交換したかどうか」を重視し、その時点で利益が実現すると判断した。
もっとも、この判決は現行法の解釈を示したものであり、現在の制度そのものを積極的に是認したものとは言い切れない。
実際、林裁判長ら裁判官3人は補足意見で、外貨建て取引が一般化した現状を踏まえ、課税のあり方について抜本的な検討を行い、必要な立法措置を講じることが強く望まれるとしている。
貝井氏も、「投資家が何年にもわたって取得時の為替レートを管理し、資産交換のたびに為替差益を計算することを求める現在の制度は、決して分かりやすく、実務負担の軽いものとはいえない」と話す。
そのうえで、「今回の判決は、現行法では課税されるという結論を示しただけではありません。海外投資が一般化した時代において、この制度は本当に現実に即しているのかという新たな課題を、立法論として投げかけた判決としても注目すべきだと考えています」と指摘する。
米国株や海外ETFへの投資が一般化した現在、多くの投資家は株式の損益には注意を払う一方で、外貨そのものを一つの資産として意識していない。
しかし税務上は、「ドルという資産を処分し、株式という別の資産を取得した」と評価される。
今回の最高裁判決は、為替差益課税の実務上の取り扱いを確認しただけでなく、資産交換によって利益が実現するという所得税の基本原則を改めて示したものといえる。
同時に、海外投資が一般化した時代において、現在の制度が実態に即しているのかという立法上の課題も浮き彫りにした。
もちろん、すべての外貨建て取引で為替差益が生じるわけではなく、取得時より円換算価値が上昇していた場合に限られる。為替差損が生じた場合には、所得区分や取引内容に応じて税務上の取り扱いが異なる点にも注意が必要だ。
投資成果だけでなく、資産そのものの交換にも目を向ける必要があることを示した判決として、今後も注目を集めそうだ。
THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班
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