仕送り記録がズラリ…兄が生涯口に出さなかった「巨額の金銭援助」
封筒の表には、「母の施設費」「通院交通費」「保険」「証券口座」「遺言関係」と、几帳面な字が並んでいます。中を開けると、それぞれメモや領収書、振込控えがまとまって入っていました。
最初に開けた封筒には、母親が亡くなるまで入居していた介護施設関係のもの。支払額は1,200万円を超えています。
「お母さんの施設費は、年金と預金でなんとかなっていたんじゃなかったの」
美和子さんは目を疑いました。正則さんも驚きを隠せません。
「これ、全部お義兄さんの口座から払ってるな」
次の封筒には、美和子さんの息子、つまり隆さんにとっての甥に関するメモが入っていました。「大学入学時の祝い金」「引っ越し費用」「資格学校の受講料」……美和子さんは、兄から何度か援助を受けた記憶はありましたが、それがまとまった金額になっていたことまでは把握していませんでした。
さらにほかの封筒には、証券会社から届いた「取引残高報告書」が入っており、投資信託や上場株式の評価額、預り金の残高が記載されていました。後日、相続手続きのために証券会社から死亡日時点の残高証明書を取り寄せると、預貯金と有価証券を合わせた金融資産は約7,000万円にのぼることがわかりました。
最後に見つかったのは、公正証書遺言の謄本。内容は簡潔でした。
財産の一部は妹の美和子へ。生命保険の死亡保険金の受取人は、甥を指定する。残りの財産の相当部分は、母が生前世話になった福祉法人と、地元の奨学金団体へ寄付を希望する。手続きについては、遺言執行者として指定した司法書士に連絡し、税務については税理士に確認してほしい。
そこには便箋も1枚添えられており、隆さんの字で、淡々と書かれていました。
「俺が結婚しなかったのは、母のこと、家のこと、自分の老後のことを考えた結果です。自分の人生をかわいそうだと思ったことはありません。残したお金は、必要な人のところへ行けばいいと思っています」
美和子さんは、便箋を持つ手に力が入りませんでした。浮いた存在に見えていた兄は、家族の気づかないところで母の介護費を補い、甥の将来を支え、自分の死後に残るお金の行き先まで考えていたのです。
「お兄ちゃん、どうしてなにも言わなかったの……」
美和子さんは、机の前に座り込んだまま動けなくなりました。正則さんは、しばらく黙ってから言いました。
「不憫だったのは、お義兄さんじゃなくて、俺たちだったのかもしれないな」

