55歳娘が処分した、亡き母の“箱入り食器”
「母は、最後まで自分にお金を使えない人でした」
そう振り返るのは、神奈川県在住の会社員・中村由紀子さん(仮名/55歳)。由紀子さんの母・和子さん(享年83)は、夫に先立たれたあと、関東近県の市営団地で一人暮らしをしていました。
年金収入は月11万円ほど。食費を切り詰め、冬場でも暖房を控えるような生活だったといいます。
幸い、和子さんは最後まで自分のことは自分でできる人でした。由紀子さんはボーナスの時期に合わせて年2回仕送りをし、毎朝LINEで短いやりとりをするのが日課になっていました。
「スーパーの値引きシールを気にしていましたし、“もったいない”が口癖でした。預金は300万円ほどあったようですが、娘としては、母にはもう大した財産なんてないと思っていたんです」
和子さんが亡くなったのは、冬の終わりでした。葬儀、役所の手続き、団地の退去準備――。由紀子さんは仕事の合間を縫いながら、慌ただしく実家の片付けを進めることになります。
荷物の山を前に、遺品整理にも対応している回収業者に依頼することにしました。食器棚の奥から出てきたのは、古びた箱に入ったカップ&ソーサー5客と大皿のセット。食器の裏には「Noritake」の刻印がありました。
ただ、由紀子さんは食器やインテリアにまったく興味がありません。業者から「未使用みたいですが、残されますか?」と聞かれ、由紀子さんは箱を開けると、入っていたのは金の装飾が印象的な、どこか時代を感じさせるティーセット。「母らしいな、と思いました。“いいものだから普段は使わない”という感覚の、昔の来客用食器です。いまの食器と違ってレンジも使えませんし、正直、自宅で使うイメージも湧きませんでした」。
由紀子さんは、「処分してください」と答えました。
由紀子さんの記憶では、母に客が来ることはほとんどなかったのですが、その食器は食器棚の奥にしまったままにしていたようです。あとになって思えば、母にとっては特別なものだったのかもしれません。和子さんは生前、「うちは昔、それなりの家だったのよ」と時折話していました。祖父の代に地元で商売をしており、比較的裕福だったそう。和子さん自身が育ったころにはすでに家業は傾いていましたが、そうした家に生まれた人でした。
あの食器も、もともと実家にあったものを持ち出したのではないか――。そんなことを、由紀子さんは母の死後になって初めて想像したといいます。
転機が訪れたのは、遺品整理から数週間後のこと。業者から送られてきた作業報告書のPDFを、由紀子さんはスマートフォンで見返していました。整理前後の写真のなかに、処分した食器の箱も写っています。
ちょうどそのころ、たまたまネット記事で「昭和レトロ食器人気」「古いノリタケが高値で取引されるケースも」という特集を目にしました。
「あれ、母の食器に似てるかも……と思ったんです」
写真を拡大し、ロゴや柄を手掛かりに検索すると、母が持っていたのは、戦前から続く古いシリーズの流れをくむ廃盤品だった可能性があるようでした。未使用のセットは、現在でもオークションサイトなどで数万円程度で取引されていました。
「どうしよう、捨てちゃったよ……と思いました」。ただ、由紀子さんの胸に残ったのは、金額だけではありませんでした。
母は、“いつか”のために、大事なものを使わずに生きた人だったのかもしれない――。
そんな思いが、あとから静かに込み上げてきたといいます。


