「帰りたい」と言えなかった妻…3年後に見えた夫婦のすれ違い
移住から3年が経つころ、美紀さんの表情は明らかに変わっていました。
隆さんは庭仕事や地域の集まりに少しずつ馴染み、近所の人と話す機会も増えていました。一方、美紀さんは孤立感を深めていきます。
「夫は楽しそうでした。でも、私はどこかでずっと気を張っていました」
地域の人は親切でした。しかし、長く続く人間関係の中に後から入っていく難しさもありました。会話の輪に入れない。地域行事の作法が分からない。何気ない一言が気になる。
「悪い人がいるわけじゃないんです。ただ、自分の居場所がない感じがしました」
やがて、美紀さんは都内に戻りたいと思うようになります。しかし、隆さんには言い出せませんでした。
「自分も賛成して来たのに、今さら帰りたいなんて言えないと思っていました」
そんな中、美紀さんが体調を崩しました。大きな病気ではありませんでしたが、通院のたびに車で片道40分かかります。専門医にかかるには、さらに遠方の市街地まで出る必要がありました。
内閣府『令和5年度 高齢社会に関する意識調査(高齢期の住み替えについて)』では、住み替えを検討する際に、医療・介護サービスや買い物などの生活利便性を重視する人の存在が示されています。高齢期の住まいでは、日常生活を支える環境が重要になります。
ある夜、美紀さんはついに隆さんに言いました。
「私、ここで年を取るのが怖い」
隆さんは驚きました。妻も同じように移住生活を楽しんでいると思っていたからです。
「言ってくれればよかったのに」
そう言われても、美紀さんは首を横に振りました。
「言えなかったの。あなたが楽しそうだったから」
夫婦はその後、今後の暮らしについて何度も話し合いました。すぐに都内へ戻ることは難しいものの、現在は地方の家を手放すことも含め、駅や病院に近い地方都市部への住み替えを検討しています。
「自然に囲まれて暮らすこと」と「安心して暮らすこと」は、同じではありませんでした。
スローライフは、ゆっくりした暮らしに見えます。しかし、実際には車の運転、地域との関係、医療へのアクセス、家の維持管理といった現実を引き受ける暮らしでもあります。
「憧れだけで決めてしまったんだと思います」
隆さんはそう振り返ります。
移住が失敗だったと、夫婦は言い切りません。けれど、3年を経て気づいたのは、老後の住まいに必要なのは“理想の風景”だけではないということでした。
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