「母のため」と言いながら、実家に舞い戻った息子
「あの時、会社を辞めなければよかった……」
恵一さん(仮名・48歳)は実家のリビングで、和子さん(82歳)の背中を見つめながら呟きました。
5年前、恵一さんは中堅IT企業の課長職でしたが、プロジェクトの失敗とハードワークで心身ともに厳しい状態でした。そんな時、独居暮らしの母・和子さんが「最近、体調が悪いし、足も痛くて心細い」と漏らしたのです。
「母さんが心配だから、実家に戻って介護をするよ」
一見、親孝行な決断に見えましたが、本心は会社を辞める正当な理由が欲しかっただけでした。和子さんも、息子が戻ってくると聞いて大喜び。恵一さんは都内のマンションを売却し、実家へと戻ったのです。
3,000万円近い資産、束の間の平和が一転…
同居が始まった当初、恵一さんの手元には売却益と貯金を合わせ、3,000万円近い資産がありました。
「これだけあれば、10年は働かなくても母さんを見てあげられるな。俺が休む時間も十分ある」
まとまったお金があったことで、心に余裕が生まれました。300万円かけて実家をバリアフリーにリフォーム。平日の昼間から母と外食を楽しみ、早期リタイアして自由になったかのようでした。
しかし、平和な時間はそれほど長くはありませんでした。
和子さんは弱っていた脚で転んでしまい、入院。それを機に認知症も発症し、要介護2の認定を受けたのです。
ところが、和子さんは外部サービスの利用を頑なに拒みました。
「私はボケてない。恵一がいるのに、なぜ知らない人を家に入れるの!」
恵一さんは、母の「お前が必要だ」という言葉に、存在意義を見出していました。しかし、現実は想像を超えて大変なものでした。
和子さんの認知症が進むにつれて、見なくてはいけない時間は増えるばかり。お風呂やトイレはもちろん、「恵一、ちょっと……」と呼ばれ続ける日々です。
家計も想定外のスピードで削られていきました。和子さんの年金は月12万円。恵一さんの社会保険料や生活費の持ち出しを合わせると、毎月25万円以上が貯蓄から消えていきます。
5年が過ぎた頃、ふと通帳を見ると、3,000万円あった資産は1,500万円を切っていました。
「このままじゃ、母さんを看取る前に俺の人生が終わってしまう」
焦って求人サイトを開いても、40代後半で5年の空白がある恵一さんに好条件の椅子はありません。貯金残高を見ながら「まだ大丈夫」と先延ばしにしてきたツケが、一気に押し寄せたのです。

