(※写真はイメージです/PIXTA)

老後資金への不安は、多くの高齢世帯に共通する悩みです。年金だけで暮らせるのか、医療費や介護費は足りるのか。そうした不安から、一定の貯蓄があっても支出を極端に抑えてしまう人は少なくありません。しかし、将来への備えを優先しすぎると、元気なうちに使えたはずの時間や経験を失ってしまうこともあります。

「減らしたくない」が口癖に…貯金3,000万円を使えない夫婦

正和さん(仮名・73歳)と妻の美智子さん(仮名・73歳)は、夫婦で月22万円ほどの年金を受け取っています。貯金は約3,000万円。住宅ローンもすでに完済しており、数字だけを見れば、比較的安定した老後生活に見えます。

 

それでも、夫婦の暮らしはずっと質素でした。

 

「お金がないわけではありませんでした。でも、使うのが怖かったんです」

 

正和さんは現役時代から堅実な性格で、退職後もその習慣は変わりませんでした。外食はほとんどせず、旅行も日帰り中心。エアコンの使用も控えめで、冬は厚着をして過ごすことが多かったといいます。

 

美智子さんが一度、温泉旅行を提案したことがありました。

 

「たまには一泊で行かない?」

 

正和さんは、すぐに首を横に振りました。

 

「何があるか分からないんだから」

 

その「何か」は、いつも具体的ではありませんでした。病気、介護、家の修繕、物価上昇。どれも起こり得る不安ではありますが、夫婦はその不安を理由に、楽しみを先延ばしにしてきました。

 

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、消費支出が月約26.4万円、可処分所得が月約22.2万円で、平均では毎月赤字となっています。年金収入だけでは不足し、貯蓄を取り崩す世帯が多いことは事実です。

 

夫婦の年金額も、平均的な可処分所得に近い水準でした。だからこそ、正和さんは「貯金を減らしたら終わり」という感覚を強めていったといいます。

 

「通帳の数字が減るのを見るのが嫌でした。減らさないことが、ちゃんと老後を守っている証拠のように思えていたんです」

 

しかし、70代に入ると、その考えが少しずつ揺らぎ始めます。きっかけは、美智子さんの膝の痛みでした。

 

以前から行きたいと話していた京都旅行。ようやく行こうかと話したころには、長時間歩くことが難しくなっていたのです。

 

「もっと早く行けばよかったね」

 

美智子さんのその一言に、正和さんは何も返せませんでした。

 

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