(※写真はイメージです/PIXTA)

退職は仕事の区切りである一方、家庭内の役割を見直す契機にもなります。これまで外で働く側と家を支える側に分かれていた生活は、同じ時間を共有することでバランスが変わります。その変化に対応できるかどうかが、退職後の夫婦関係に影響することもあります。

「手伝う」ではなく「一緒に暮らす」ために

数週間が過ぎたころ、美智子さんの不満は限界に近づいていました。きっかけは、浩一さんの何気ない一言でした。

 

「昼、簡単なものでいいよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、美智子さんは黙ってしまったといいます。

 

「簡単なものでも、考えて作って片づけるのは私なんです。夫にはその感覚がないんだと思いました」

 

その夜、美智子さんは改めて話し合いを切り出しました。

 

「私は、あなたのお世話係になるために老後を迎えたわけじゃない」

 

浩一さんは、その言葉にかなり驚いたそうです。

 

「そこまで思っていたとは分かりませんでした。自分では迷惑をかけているつもりがなかったので」

 

話し合いの中で、夫婦は家事を具体的に分けることにしました。浩一さんは朝食の準備、ゴミ出し、風呂掃除、週に数回の買い物を担当。昼食はそれぞれ自分で用意する日を作り、夕食も週末は浩一さんが作ることにしました。

 

最初は失敗も多かったといいます。買い物では必要なものを買い忘れ、料理も時間がかかりました。それでも、美智子さんは「完璧にやってほしいわけではなかった」と話します。

 

「自分の生活を自分で回す意識を持ってほしかったんです」

 

浩一さんの家事は急に上手になったわけではありませんが、美智子さんは「あの日、言ってよかった」と振り返ります。

 

「黙っていたら、たぶん私はずっと不満をためていたと思います」

 

夫婦の関係は、長く続いた形のまま自然に老後へ移るわけではありません。浩一さん夫婦にとって退職日は、仕事の終わりであると同時に、新しい暮らし方を考え始める日でもあったのです。

 

 

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