フィリピン中銀の苦悩…景気支援から物価安定へ
フィリピン経済を見通すうえで、足元では「銀行セクターの健全性」「中央銀行の政策姿勢」「海外送金の動向」という三つの論点が重要になっています。
まず、フィリピン中央銀行(BSP)が打ち出した新たな融資猶予措置は、コロナ禍に導入された広範な支援策とは異なり、供給ショックの影響を直接的に受けた借り手に対象を絞った「標的型」の措置です。このため、金融システム全体の健全性を大きく損なう可能性は低く、銀行部門への影響は限定的とみられます。返済猶予期間中も利息収入は継続して発生する見通しであり、収益や資金繰りへの打撃は比較的小さいと考えられます。対象となる融資も全体の一部にとどまる見込みであり、追加的な引当負担も管理可能な範囲に収まるでしょう。
資産の質についても、一定の留意は必要ながら、現時点で深刻な懸念が高まっているわけではありません。一時的に不良債権としての認識が遅れる可能性はあるものの、銀行システム全体の不良債権比率は依然として低く、引当金による備えも相応に厚い状況です。自己資本も十分な水準にあり、利ざやもおおむね安定しているため、たとえ信用コストがある程度上昇しても、直ちに金融機能が損なわれる状況ではないとみられます。つまり、今回の措置は経済の弱い部分を一時的に支えつつも、金融システム全体に大きなゆがみを持ち込まない、バランスの取れた対応と評価できます。ただし、措置が長引けば、金融機関の慎重姿勢が強まり、貸し出し活動を抑制する可能性は残ります。
一方で、金融政策の面では、BSPが「タカ派的(引き締め寄り)」な姿勢を強めつつあります。背景には、今年後半に見込まれる政府の財政支出の拡大があります。財政面から景気の下支えが期待されるため、金融当局としては、成長への過度な配慮よりも、足元で高まりつつあるインフレ圧力への対応を優先しやすくなっています。実際、3月のインフレ率は目標レンジを上回っており、当局はエネルギーや食料品の上昇が他の品目や賃金に波及する「二次的影響」を強く警戒しています。金融政策は今、景気支援を主眼とした段階から、物価安定とのバランスをより重視する段階へと移りつつあるといえます。
もっとも、現在のインフレは主として供給要因によるものであり、需要が全面的に強いわけではありません。この点が、BSPの政策運営を難しくしています。もし利上げを急げば、弱さがみられる内需をさらに冷やすおそれがありますが、逆に対応が遅れれば、物価の高止まりを招きかねません。今後の焦点は、原油価格の推移、財政支出の実行速度、そして家計や企業の期待インフレ率です。物価上昇がさらに広がれば追加利上げの可能性は高まりますが、景気減速が鮮明になれば、政策当局は慎重な姿勢を維持する公算が大きいでしょう。いずれにしても、金融と財政の組み合わせが今後の景気の方向性を左右する局面に入っています。

