「家族のため」…老後資金を揺るがす“善意の支出”
「孫のためなら、できることはしてあげたいと思っていました」
そう語るのは、節子さん(仮名・67歳)です。夫を亡くしてからは一人暮らし。年金は月15万円ほどで、貯金は約1,800万円ありました。
「贅沢をしなければ、何とかやっていけると思っていました」
転機となったのは、長男の子ども――つまり孫の進学でした。私立高校への進学が決まり、入学金や授業料、教材費などでまとまった費用が必要になったのです。
長男夫婦から直接頼まれたわけではありませんでした。ただ、会話の中で「思った以上にお金がかかる」という話を聞いたとき、節子さんは自然と口にしていました。
「少しなら出してあげようか」
最初は入学時の費用の一部、50万円でした。
「それで助かるなら、と思ったんです」
その後も、制服代や修学旅行費、塾代など、節子さんの支援は続きました。「今回だけ」「これが最後」と思いながらも、その都度「孫のためだから」と自分に言い聞かせていたといいます。
「合計でいくら出したのか、途中から分からなくなっていました」
気づけば、数年で300万円以上を支出していました。
一方で、節子さんの生活は大きく変わっていきました。外食を減らし、電気代を気にし、趣味も控えるようになりました。
「自分のためにお金を使うことに、少し罪悪感を感じるようになっていました」
問題が表面化したのは、孫の大学進学が決まったときでした。再びまとまった費用が必要になる中で、節子さんはこれまでと同じように支援を申し出ました。
「できる範囲で、また少し出そうと思ったんです」
すると長男の妻は、少し考える様子もなく、こう言ったといいます。
「じゃあ今回もお願いできますか。入学金と前期分で、まとまったお金が必要で」
その言い方に、節子さんは一瞬言葉を失いました。
「“お願い”というより、“もう決まっていること”のように聞こえたんです」
長男も特に驚いた様子はなく、「助かるよ」とだけ続けました。それまで積み重ねてきたやり取りが、すべて前提になっている――そんな感覚だったといいます。
「頼られているというより、“出してもらうもの”として扱われているように感じました」
