「田舎なら安く暮らせる」…そう思って決めた老後のUターン移住
新潟県の豪雪地帯に暮らす田村節子さん(仮名/70歳)は、もともと東京で暮らしていましたが、夫と死別したことをきっかけに、長年住んでいたマンションを売却し生まれ育った実家へとUターン移住しました。
節子さんの実家は築100年を超える古民家ですが、太い梁と柱で造られた立派な造りで、いまでも十分暮らせる状態に保たれていました。両親が亡くなったあとも、節子さんが年に数回は帰省して家の管理を続けていたからです。
「古い家だけど、やっぱり落ち着くのよ」
そう語る節子さんですが、この家には決していい思い出ばかりがあるわけではありません。雪深い地域での暮らしは決して楽ではなく、若いころは「いつか都会に出たい」と強く願っていた場所でもありました。
それでも、東京でマンション住まいを続ければ固定資産税も高く、物価も年々上がっています。「田舎ならばそうお金もかからず、年金だけでも暮らせるだろう」と、夫が亡くなる前から実家へ戻ることを検討していたのです。
離れて暮らす娘へ、母から突然届いた「無言の小包」
移住から1年が経ったある日。離れて暮らす娘の田村美咲さん(仮名/42歳)のもとに、母から一つの小包が届きました。
自宅に届いた小包を開けて、美咲さんは息をのみました。中に入っていたのは、母・節子さんが書いたエンディングノートだったのです。ときどき電話で近況を話してはいましたが、そんなものを作成したとは一言も聞いていませんでした。
ノートのページを繰ると、そこには以下のような項目がびっしりと書き込まれています。
・預貯金
・契約している保険
・葬儀の希望
・家のこと
・自分が亡くなったあとの手続き
あまりにも突然のことで不安になった美咲さんは、すぐに母へ電話をかけました。「どうして急にこんなもの送ってきたの?」すると節子さんは、少し笑いながらこう答えたのです。
「別に大したことじゃないのよ。ただ、もしものときのためにね」
新潟へ戻ってから、節子さんは実家で一人暮らしを続けていました。最寄りのスーパーまでは車で約2キロ。雪のない季節は歩いて買い物へ行っています。しかし節子さんは車の免許を持っていません。冬になり雪が降りはじめると、買い物へ行くのも一苦労です。移動手段はタクシーを使うほかありません。さらに、近所には家が少なく、昔の顔見知りもほとんどいませんでした。
「気が付いたら、家にこもることが増えたの。そのときにいろいろと考えちゃって」
雪に閉ざされた孤独な生活のなかで、節子さんは自然と「自分の最期」について考えるようになったといいます。そんな折、地域の公民館に貼られていた「エンディングノートセミナー」のチラシをみつけました。そして、セミナーのあとにファイナンシャルプランナーと一緒にノートを作成したのだそうです。
年に数回母のもとを訪れていた美咲さんでしたが、母がそんな思いで暮らしていたことにはまったく気づいていませんでした。次の連休、美咲さんは母に会いに新潟へ向かいました。久しぶりに母とゆっくり話をするためでした。


