(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢の親と離れて暮らしていると、ふとした電話に胸がざわつくことがあります。「鍵が見つからない」「電気のつけ方が分からない」——そんな一見ささいな相談でも、背景には体力の衰えや認知機能の変化、住まいの問題などが隠れていることも少なくありません。内閣府『令和6年版 高齢社会白書』によると、65歳以上の人がいる世帯のうち、単独世帯と夫婦のみ世帯はそれぞれ約3割を占めており、多くの高齢者が家族と離れて暮らしています。

「最近ちょっと忘れっぽくてね」

家の中に入ると、母は少し困ったような顔で言いました。

 

「最近ちょっと忘れっぽくてね。鍵の開け方が分からなくなったの」

 

その言葉を聞いて、玲子さんは胸がざわついたといいます。

 

「もしかして、認知症が始まっているんじゃないかって」

 

その後、母を連れてかかりつけの病院を受診しました。すぐに診断が出たわけではありませんが、医師からは「加齢による物忘れの可能性もあるが、経過を見た方がよい」と言われたそうです。

 

厚生労働省の推計では、日本では認知症の高齢者は2022年時点で約443万人にのぼり、さらに軽度認知障害(MCI)と呼ばれる段階の高齢者も約558万人いるとされています。高齢化が進む中で、家族がこうした変化に最初に気づくきっかけは、日常生活の小さな異変であることも多いといわれています。

 

その日を境に、玲子さんは実家との関わり方を見直しました。まず玄関の鍵をシンプルなものに交換し、新聞の配達も一度止めました。さらに週に一度は顔を出すようにし、見守りサービスの利用も検討しているといいます。

 

「母はまだ一人で暮らしたいと言っているんです」

 

高齢の親が自立して暮らしたいという気持ちは、多くの家庭で共通しています。一方で、家族側には安全面への不安もあります。

 

総務省の調査でも、高齢者の単独世帯は年々増加しており、家族だけで支え続けることが難しくなっている現実があります。

 

「正直、どこまで私ができるのか分からないんです」

 

玲子さんはそう言いながらも、母との距離の取り方を模索しています。

 

「もし母が電話をしてこなかったら、あの状態に気づくのはもっと遅れていたと思います」

 

ドアが開かなかったという出来事自体は、小さなトラブルだったかもしれません。しかしそれは、母の暮らしに起きている変化を知らせるサインでもありました。

 

「玄関で散らばっていた新聞を見たとき、母の生活が少しずつ変わってきているんだと実感しました」

 

高齢の親との関係は、ある日突然変わるわけではありません。日常の小さな違和感が、少しずつ積み重なっていきます。母からの電話は、玲子さんにとって、これからの親の暮らしを考え直すきっかけになったのでした。

 

 

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