地方の“庭付き一軒家”。父は単身で移り住んだが…
「父は“もう都会は疲れた”と言っていました。退職したら、畑ができる家で暮らしたいって」
そう語るのは、都内で働く会社員の娘・美香さん(仮名・41歳)です。
父・昭夫さん(仮名・71歳)は数年前に退職。年金は月17万円ほど、退職金は1,700万円。母は数年前に他界し、以降は一人暮らしでした。
「年金もあるし、退職金も残ってる。家賃がいらないなら、暮らしていけるだろう」
父はそう言って、地方の“庭付き一軒家”へ移り住みました。中古の戸建てで、購入費用は抑えられたといいます。
連絡は時々。電話口の父はいつも決まってこう言いました。
「大丈夫だ。こっちは静かでいいぞ」
しかし、美香さんは少しずつ違和感を覚えるようになります。声に張りがない。話が短い。こちらが踏み込むと、会話を終わらせたがる——。
訪ねたのは冬のはじめでした。最寄り駅からバスを乗り継ぎ、さらにタクシー。家は集落の外れにあり、周囲は早くも薄暗くなっていました。
「正直、目を疑いました」
玄関を開けると、冷たい空気が肌に刺さります。暖房の気配がない。
居間には開けっぱなしのカーテン、積まれた段ボール、床に落ちた郵便物。台所のシンクには洗っていない食器が残り、冷蔵庫には卵と納豆、あとは同じ種類の飲み物が数本だけ。浴室には入浴剤の袋が散らばり、脱衣所の床はひんやり湿っていました。
父はこたつに座っていました。厚手の上着を着込み、手はかじかんでいる。
「寒くないの?」と聞くと、父は笑ってごまかしました。
「もったいないだろ。灯油も高いし」
美香さんがさらに驚いたのは、薬の飲み方が乱れていたことでした。処方袋はあるのに、中身の錠剤が机の上に散っている。カレンダーには通院日が書かれているのに、病院名が一致しない。
「どこにかかってるの?」と尋ねても、曖昧にうなずくだけでした。
