表明保証違反なのに、なぜ損害賠償請求できないのか?――「アンチ・サンドバッギング」が問題となる表明保証トラブル【M&A弁護士が解説】

表明保証違反なのに、なぜ損害賠償請求できないのか?――「アンチ・サンドバッギング」が問題となる表明保証トラブル【M&A弁護士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

表明保証条項が設けられていても、M&A後に常に買主が救済されるとは限りません。取引前の情報開示の在り方やデューデリジェンスの深度によっては、責任の所在が大きく左右されます。ここでは、アンチ・サンドバッギングを軸に、実務上見落とされがちなリスク配分の構造を整理します。※本記事は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士、土屋勝裕氏の書き下ろしです。

表明保証違反があっても「主張が制限される」場面とは?

中小企業のM&Aにおいては、M&A後に対象会社の業績や事業実態を精査する中で、M&A前から存在していた問題点が判明し、表明保証条項違反として損害賠償請求が検討される場面が少なくありません。

 

もっとも、実務では、表明保証条項に反する事実が存在するにもかかわらず、損害賠償請求が認められない、又は大きく制限されるケースが存在します。

 

このような場面でよく問題となるのが、いわゆるアンチ・サンドバッギングの考え方です。アンチ・サンドバッギングでは、表明保証違反の成否を、条項の文言のみから機械的に判断するのではなく、M&A時点における情報提供の状況や、当事者間の認識関係を踏まえて責任の帰属を調整することとなります。

アンチ・サンドバッギングが問題となる典型的な構造

日本の裁判実務においては、アンチ・サンドバッギング条項(買主が表明保証違反を事前に知っていた場合、後からその違反を理由として責任追及〈損害賠償請求等〉を行うことを制限・否定することを定めた条項)が契約書に明示的に記載されていない場合であっても、当該考え方が当然に前提とされます。裁判所は、表明保証条項の存在だけを根拠として売主の責任を認めるのではなく、売主がどの程度の情報提供を行っていたか、その情報状況の下で買主がどういう認識でM&Aを実行したか、という点を重視します。

 

ここで重要なのは、「買主が実際に知っていたかどうか」だけではありません。

 

売主が資料開示や説明を行い、買主がその内容から当該リスクを認識し得た、又は認識すべき状況にあった場合には、そのリスクについては、原則として買主が負担すべきであると評価される可能性が高くなります。

買主の不注意や調査不足も請求制限につながる

アンチ・サンドバッギングが問題となる場面は、買主が明確にリスクを認識していた場合に限られません。

 

買主が十分なデューデリジェンスを実施していなかった結果、重要な事実を十分に把握できていなかった場合であっても、売主が相応の情報提供を行っていたのであれば、そのリスクは買主に帰属すべきであると評価されることがあります。

 

この点について、裁判実務では「買主が表明保証違反を認識すべき状況にあった」と形式的に評価されるというよりも、当該情報状況の下でM&Aを実行した以上、その不確実性や損失の発生を買主が受容すべきであるかどうかという観点から判断が行われています。

 

その結果、表明保証条項違反が成立するように見える場合であっても、損害賠償請求が否定又は限定されることがあります。

アルコ事件にみる裁判所の判断枠組み

この点を理解する上で参考となるのが、いわゆるアルコ事件東京地裁判決です。アルコ事件では、M&Aの交渉過程において買主が一定の情報に接していたことを前提に、M&A後に買主から売主に対して表明保証条項違反による責任追及がなされた事案について、裁判所はM&A交渉の経緯や情報開示の状況を詳細に検討しました。

 

裁判所は、表明保証条項の文言を形式的に適用するのではなく、売主がどのような情報を提供し、その情報を踏まえて買主がどのような条件でM&Aを実行したのかを重視しています。その結果、当該リスクについては買主が負担すべきであると評価される重過失の場合は、表明保証条項違反による責任追及が制限されるとされました。

 

この判断は、買主が実際にそのリスクを織り込んでいたかどうかという主観的事情ではなく、売主が適切な情報提供を行っていた以上、その情報状況の下では買主が当該リスクを負担するのが相当であるかという、客観的な評価に基づくと思われます。

中小企業M&Aにおける実務上の注意点

中小企業のM&Aでは、情報管理や資料整備が十分でないことも多く、完全な情報が揃わないままM&Aが実行されることがあります。しかし、M&A後に問題が発覚した場合であっても、それが直ちに表明保証条項違反として全面的な損害賠償につながるとは限りません。

 

実務上は、売主がどの範囲まで情報提供を行っていたのか、買主がその情報状況の下でどのような判断をすべき立場にあったのかが、後のM&Aトラブルにおいて決定的な意味を持ちます。

 

特に、買主がデューデリジェンスを実施しなかった、又は限定的にしか実施していなかった場合には、その点が責任追及を大きく制限する要因となることがあります。

まとめ

アンチ・サンドバッギングの問題は、表明保証条項違反が存在するにもかかわらず、損害賠償請求が認められない、又は制限されるという点に、買主のリスクがあることを示しています。

 

表明保証条項があるから請求できるという単純な理解では不十分であり、M&Aプロセス全体における情報提供と調査のあり方が、責任の帰属を左右します。

 

中小企業のM&Aにおいては、表明保証条項の文言だけでなく、売主の情報提供の内容と、買主がどこまで調査を尽くしたのかという点が、後のM&Aトラブルにおいて重要な意味を持つことを十分に踏まえる必要があります。

 

逆に、表明保証違反をしてしまった売主としても、必ずしも諦める必要はなく、表明保証違反の責任追及を回避することができる可能性が十分存在するということともなります。

 

 

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士
土屋 勝裕

 

 

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