〈M&Aトラブル〉株式、一体誰から買えばいいのか?…買主との交渉中にしばしば発覚する「名義株主と実質株主の不一致」という大問題【M&A弁護士が解説】

〈M&Aトラブル〉株式、一体誰から買えばいいのか?…買主との交渉中にしばしば発覚する「名義株主と実質株主の不一致」という大問題【M&A弁護士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

M&A(企業の合併・買収)の初期段階でしばしば問題となるのが、名義株主と実質株主の不一致です。M&Aの多くは株式譲渡によって実行されますが、このような状態では、誰が株主であって、誰が株式を譲渡できるのかが明らかではないため、M&Aそのものが成立しなくなるのです。※本記事は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士、土屋勝裕氏の書き下ろしです。

名義株主が発生する背景

中小企業では、株式が必ずしも実際の出資者の名義で管理されていないことが少なくありません。その原因はいくつかあります。

 

第一に、平成2年改正前の商法では株式会社設立に7名以上の発起人が必要であったため、実際の出資者が少数であっても、形式的に親族や取引先の名義を借りて発起人として登記した事例が多く見られます。

 

第二に、出資者が「自らの名前を公に出したくない」「他社との関係上、形式上のみの出資にしたい」などの事情で他人名義を使用した場合。

 

第三に、相続の際に株式が分散し、名義変更を行わないまま放置された場合です。

 

このような経緯から、名義と実質が異なる株式構造が形成され、数十年後のM&A段階で顕在化します。

名義株主問題がM&Aを阻止する

M&Aでは、株式を有効に譲渡できる主体が確定していなければ、買主はその株式を有効に取得できません。もし名義株主と実質株主が異なる場合、売主が株式譲渡契約を締結しても、それは他人物売買に該当する恐れがあります。

 

買主は、譲渡人が権限を有していなかった場合、株式を取得できず、重大なリスクを負います。実際には、創業時に便宜上名義を貸した者が、後年「その株式は単なる名義貸しではなく、実際に自分が出資したものであり、真の株主は自分だ」と主張するなど、名義株主と実質株主の双方が株主としての権利を主張する構造が頻発しています。

 

このような場合、買主は「誰から株式を買えば正当な取得となるのか」を判断できず、M&A交渉が中断・撤退に至ることが少なくありません。

 

名義株主が存在するために交渉を開始できず、買主候補が現れない場合もあれば、高値を提示していた買主がリスクを嫌って撤退し、高値でのM&Aが成立しなくなる例もあります。さらに、名義株主がいる結果、名義解消交渉をしたところ、実質株主だと主張する者が現れ、巨額の株式譲渡代金を要求するケースも相次いでいます。

 

こうしたケースでは、交渉は長期化し、経営者が期待していた条件でM&Aを進めることはできなくなります。

株主名簿の整備では不十分

形式的に株主名簿が整備されていても、安全とは限りません。たとえば、代表取締役が自らの持株比率を増加させる目的で株主名簿を改ざんしていたという事例もあります。このような場合、名簿上は整然としていても、実体としての出資関係が不明確であれば、買主は株式譲渡の有効性を確認できません。

 

M&Aの実務では、株主名簿という書面そのものよりも「誰が出資を行い、誰から誰に株式が譲渡され、その譲渡が有効に行われたのか」という履歴が最も重要です。その確認にあたっては、出資金払込保管証明、株式譲渡承認請求書、株式譲渡契約書などの正式な根拠資料を精査する必要があります。

 

これらの資料が欠けている場合、名義株主・実質株主のいずれかから後日紛争提起されるリスクが残存します。

名義株主を整理するための方法と限界

名義株主問題が存在する場合であっても、会社法上は株券不発行会社化やスクイーズアウト手続を利用して、形式上株式の帰属を整理することが可能です。

 

ただし、これらの手法を用いても、最終的にスクイーズアウト対価を受け取るべきは名義株主ではなく実質株主であったと主張されることがあります。その場合、スクイーズアウトが完了せず少数株主が残ってしまう可能性があり、完全な解決には至りません。

 

また、名義株主問題が想定される場合、合併や株式交換などの組織再編スキームを活用して実質株主の個別同意を得なくても実行できる方法を採ることがあります。これは、包括承継の法的構造を利用して、実質株主を実務上排除するものであり、一定のリスクを軽減する効果を持ちます。

 

もっとも、これらの手法を用いても、後日名義株主が権利を主張する可能性を完全に排除することはできません。

 

したがって、特定のリスクが存在する状況を事前に精査し、その状況に最も適した方法を採用することで、その範囲でリスクを解消することは可能ですが、名義株主問題そのものを全般的に消滅させる方法は存在しません。

 

なお、株式には消滅時効も取得時効も生じないため、過去の出資関係が何十年経過していても、実質株主を名乗る者が突如現れて権利主張を行うことがあり、買主にとっては予測困難なリスク要因となります。

【事例】名義株主問題によりM&Aが不成立となったケース

ある地方の建設会社では、創業当時に7名の発起人を形式的に立てて設立したまま、株主名義整理を怠っていました。

 

創業者の死後、相続人の一部が行方不明となり、株式の帰属関係が不明確なままM&A交渉が進みました。

 

当初は大手建設グループが高値での買収を打診していましたが、買主は「実質株主が後から登場するおそれが高い」と判断し、最終段階で撤退。その後、他の買主候補も現れず、M&Aは実現せずに終了しました。

名義株主問題は、M&Aを根本から不成立にさせる構造的リスク

名義株主問題は、単なる形式上の不備ではなく、M&Aを根本から不成立にさせる構造的リスクです。その解消には膨大な時間と交渉コストが必要であり、しかも完全な解決が保証されるわけではありません。

 

買主は一定のリスクを負う覚悟が求められますが、そのリスクを受け入れられる買主は多くはありません。

 

次回は、この名義株主問題がさらに進行し、株主自身が経営方針や譲渡に反対してM&Aを阻害する構造、すなわち「敵対的少数株主によるM&A阻害トラブル」について解説します。

 

 

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士
土屋 勝裕

 

 

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