米国の金融規制改革法(ドッド=フランク法)の概要
2008年9月に起きたリーマン・ショックは、「大き過ぎて潰せない」金融機関の問題や金融システム全体の脆弱性を浮き彫りにした。また、巨額の公的資金を使った銀行救済は世論の銀行批判を強めた。こうした状況に対処するべく、世界中の金融当局は危機再発防止のための金融監督体制再構築・規制強化に動いた(図表1参照)。なかでも、特に影響が大きいものは、2010年に成立した米国の金融規制改革法(ドッド=フランク法)とバーゼル銀行監督委員会によるバーゼルⅢである。
《ドッド=フランク法》
①システミック・リスクの監視強化
金融安定監視委員会(FSOC:Financial Stability Oversight Council)設立。FRBはこの委員会のメンバーとして、金融市場と金融機関全体を包括的に監視することが可能となった。
②「大き過ぎて潰せない」問題に対処する方策
・金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)による世界的な金融システムの安定に欠かせない大手金融機関(G-SIBs:Global SystemicallyImportant Banks)の認定(2014年現在、28行)。これらの金融機関に、通常より1〜2.5%上乗せした高い自己資本比率を課すことを定めている。これはバーゼルⅢの自己資本規制として2013年以降で順次適用されている。
・ボルカー・ルール規制として、銀行およびその関連会社によるリスクの高い「自己勘定取引」を行うことを禁じる。ヘッジファンドおよびプライベートエクイティファンドへの投資の禁止も含まれる。
③破綻金融機関の清算処理法確立およびFRB権限拡大
FRBの監視・規制強化を目的として複雑な大手金融機関に対してFRBによるストレステストを義務付け。連邦預金保険公社(FDIC)に対して金融機関を秩序ある破綻に導く権限(Orderly Liquidation Authority)を付与。
④金融商品に関する消費者保護
住宅ローンをめぐる消費者保護の目的で消費者金融保護局(CFPB:Consumer Financial Protection Bureau)を新設。
⑤デリバティブ商品に対する透明性確保
デリバティブ取引の規制当局への報告義務付けおよび「中央清算機関」と呼ばれる第三者を通じたデリバティブ取引への義務付け
なお、欧州版ドッド=フランク法として、欧州証券市場監督局(ESMA:European Securities and Markets Authority)によるEMIR(EuropeanMarket Infrastructure Regulation)が2012年7月に発布された。
国際的な銀行の健全性の維持を目的としたバーゼルⅢ
《バーゼルⅢの概要》
バーゼルⅢは段階的に適用され、2019年に最終目標が適用される予定である。
〈自己資本に対する規制〉
①自己資本規制比率
総自己資本比率/リスクアセット=8.0%(G-SIBs認定行は上乗せとして1.0%~2.5%が要求される)
②レバレッジ比率
Tier1/総エクスポージャー(リスクウェイトを加味しない)≧3.0%
〈流動性に対する規制〉
③流動性カバレッジ比率(LCR:Liquidity Coverage Ratio)
適格流動資産/30日間のストレス期間の純資金流出額≧100%
④安定調達比率規制(NSFR:Net Stable Funding Ratio)
利用可能な安定調達額/所要安定調達額≧100%
こうした様々な金融規制導入により、想定外の負荷が市場にかかるケースが出てきている。特に、リスクウェイトを加味しないレバレッジ比率規制の影響は大きく、元本金額の大きいレポ市場の流動性に大きな影響を与えている。また、流動性供給役のプライマリーディーラーもバランスシート制約で証券の在庫を持ち難くなっており、社債市場の流動性を著しく落とす原因となっている。ボルカー・ルールでは、市場の潤滑油となるはずの投機筋の動きが抑制され、結果的に様々な市場で流動性の枯渇が見られており、時に市場価格の大きな変動を生む要因となっている。
[図表1]リーマン・ショック以降の金融規制の主な取り組み