影のオーナーは誰だ…調査官を煙に巻く性風俗業界の譲渡トリック。デリヘルの譲渡スキームと税務調査の攻防【元マルサの税理士が解説】

影のオーナーは誰だ…調査官を煙に巻く性風俗業界の譲渡トリック。デリヘルの譲渡スキームと税務調査の攻防【元マルサの税理士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

映画『マルサの女』で有名になった国税局査察部(通称マルサ)。特定の税務署に設置される「特別調査部門(トクチョウ班)」はその登竜門ですが、トクチョウ班は案内板にも職員録にも記載されない“シークレット部隊”だと、元マルサの上田二郎氏はいいます。店舗型デリヘルに無予告で調査に入ると、名義人は「友人に譲渡済み」と主張。だがそれは、風俗業界が使う“調査回避スキーム”でした。実際の経営者は別にいると感じながらも、税務署は表に出ている名義人に課税せざるを得ません。名義人に期限後申告をさせ、国税通則法の規定上、非常に難しいとされていた無申告重加算税を賦課した事例を紹介します。

届出人Wは「私はSです」と名乗った

性風俗業界に無予告で踏み込むトクチョウ班が絶対に避けるべきミスは、他人の店に入ることだ。そのリスクを避けるため、事前の内偵調査と潜入調査は不可欠である。

 

ある日、証拠を固めて「デリヘルM」に踏み込んだ。だが、経営者と見られる女性は1時間にわたって入室を拒否。ようやく応じた際、名前を尋ねると「Sです」と答える。だが、事前の調査から彼女がWであることは確定していた。

調査官:「あなたはWさんですよね?」


女性W:「知っているのでは仕方ありません」


調査官:「デリヘルMの経営者はあなたで間違いありませんか?」


女性W:「3月までは経営していましたが、4月に友人のSに譲りました」

 

先ほどまで「S」と名乗ったWが、今度は「Sに譲渡した」と主張。店の譲渡はX5年3月31日。実際にSが店に出てくるのは週2回程度。Sの自宅は店から約2時間の距離にあり、後の調査でWとSは高校の同級生だったことが判明した。

 

この「3月末譲渡」は、性風俗業界の税務調査でしばしば見かけるスキームだ。個人事業者の確定申告は3月15日。税務署が調査に来るのは早くても4月中旬。そこで毎年3月末に店の譲渡契約書を作成しておいて、税務署に踏み込まれたときには経営者が変わっていると主張して税務調査を回避する。

 

店をSに譲渡した理由を尋ねると「赤字続きで経営状態が悪く、体調を崩して入院したため廃業した」と答えるが、事前の調査から店は儲かっていることが判明している。 また、店を譲渡したはずのWが毎日勤務し、買い取ったSが週に数回しか顔を出さないという説明には納得できない。

調査選定をすり抜ける「無申告」業者

AI調査選定では見つからない無申告のデリヘル。正しい申告の検証のために税務調査をしているのだが、申告がなければ調査の選定は難しい。

 

ピンサロや店舗型デリヘルなど店舗がある業者の脱税手段は、経営者を次々と変えて税務調査から逃れることだ。もうかっている店を見つけ出しても、確定申告を待たなければ調査に入れない。しかし、確定申告が終わって申告状況を確認した時には閉店していることも多く、徴税コストから考えると性風俗業界の調査は費用対効果が悪い。

内偵段階からWはダミーと判断。影のオーナーは誰だ!

トクチョウ班の棚に残っていた無申告の店舗型デリヘル。ターゲットの「デリヘルM」は女性Wの名義で風営法の届出から2年経過しているが、店名をMのままで営業していた。この業界は警戒してオーナーが表に出ることは少ない。そのため、影のオーナーにたどり着けるかが勝負になる。

 

デリヘルの商況を掴むにはサイトからの情報収集と潜入調査が有効な手段で、長期間の監視を続ければ正しい利益を掴むことも可能だ。正しい利益さえ把握できれば、たとえ影のオーナーにたどり着けなくても課税できるところが税務署の強みだ。

 

誤解がないように説明すると、調査で店の利益を把握して名義人に課税することによって、影のオーナーに税金を払わせることができる。この点がマルサの強制調査と税務署の任意調査の決定的な違いだ。

 

マルサは実行行為者の刑事責任を追及するため、必ず影のオーナーを突き止めなければならない。そのために膨大な手間と時間をかけて内偵調査をし、強制調査に踏み切って事実を解明する。

 

内偵段階から風営法の届出人であるWはダミーと判断していたが、調査担当者は「サイトから売上を推定するための出勤状況(デリヘル嬢)は収集してあります。閉店されると踏みこむチャンスを失います」と進言した。
 

 

嘘の譲渡契約書。譲った途端に客が増加

店に入ることができたのはチャイムを鳴らしてから1時間後。その間、店のなかからは断続的にシュレッダー音が聞こえていた。しかし、マルサと違って強制的に踏みこむことはできない。


冒頭のシーンが店に踏み込んだ瞬間のやり取りだ。調査官が店の譲渡契約書を見せるように迫ると「どうぞ、これです」とWが提示した。確かにWからSにデリヘルMの経営権を譲渡する契約書だ。譲渡日はX5年3月31日。譲渡代金は50万円。WとSが署名・捺印していた。
 

 

調査官:「店の電話や電気の契約者が変わっていないのはなぜですか?」


W:「少しルーズすぎました。これから名義を変更します」


調査官:「店の契約者はあなたです。もし、Sさんが家賃を払わなかったら、あなたが払うことになるのですよ。おかしいでしょ」


W:「Sとは長いつきあいだから大丈夫です」

 

調査官:「あなたが経営していた時の帳簿を見せてください」

 

女性W:「全部棄てたわ。赤字だったのよ。病気をして店を休みがちだったから嫌な思い出もあって、綺麗さっぱり処分したわ」

 

デリヘルで赤字などあり得ない。そもそも儲からないのに危ない橋を渡る者はいない。

 

調査官:「譲渡してからの帳簿類を見せてください」


女性W:「Sからこれをつけるように指示されています」


調査官:「譲った後はずいぶん利益が出ているようですね」


女性W:「そうなのよ。譲った途端にお客が増えて調子が良いみたい」


帳簿には、X5年4月1日~8月5日(調査前日)までの売上と経費が記帳され、毎月の利益は約200万円もある。メモ書きなどもあって正式な帳簿のようだ。

 

そのころ、別の調査官が「統括、やばいです。他人の店に踏み込んだようです。3月末にWからSに店を譲渡しています」と筆者に連絡してきていた。
 

筆者:「なに! 本当か?譲渡契約書はあるの?」


調査官:「あります。WとSが署名・捺印しています」


筆者:「いくらで譲渡しているの?」


調査官:「50万円です」


現場にいない指揮官は冷静に判断できる。毎月の利益が200万円あるにもかかわらず、50万円で譲渡することなど考えられない。しかし、突入してから2時間が経過し、Wは「もう帰ってくれ」の一点張りだ。これ以上の調査は限界だったため、契約書の原本を借り受けて初日の調査を終了した。

 

契約書が調査回避スキームの動かぬ証拠に

Wから借り受けた帳簿はX5年4月1日から始まるが、3月31日の現金繰越額が記帳されていた。繰越現金があるなら事業が継続している証拠だ。Wを税務署に呼び出して問い詰めると、店の譲渡は嘘であることを認めたのだが、過去の帳簿は破棄されていてX3~X4年分の利益は解明できない。


こうなると、どんなに調査をしたところで課税所得の決定的な証拠は見つからず、結果的に調査額は話し合いによる解決になる。納税者も決定的な証拠を突きつけられない限り簡単には応じないため、正しい追徴税額からほど遠い金額で折り合いをつけるケースも少なくない。そのさじ加減が調査官の腕の見せ所だ。調査額を決めるため、Wと友人のSを再び税務署に呼び出した。

交渉の駆け引きと「共同経営」の主張

デリヘルMにはX5年4月から毎月の利益が約200万円あったものの、Wは体調を崩していたためX3~X4年分は赤字だったと主張する。妥協点としてX3及びX4年分の利益を1,200万円(月額200万円×12か月×50%)と提示すると、Wはトイレに行くといって席を立った。

 

戻ったWがSは共同経営者であり、利益の50%はSへ給与として支払っていたと主張した。給与の支払いを認めれば、課税所得の分散による税金の減額とSの給与所得控除(サラリーマンの必要経費)により追徴税額が大幅に減額できる。おそらく影のオーナーに相談して少しでも税金を安くする作戦なのだろう。

 

一方、影のオーナーについて繰り返し質問するが、Wは存在を否定する。SはWの隣で泣くばかりで何も話さない。

 

Sへの給与を認め、調査を早期に終了する判断を下すのも指揮官の役目だ。調査官を呼び出し「Wの要求をのんでいいよ。そのかわり、無申告の重加算税を賦課することと、税金は国税だけで300万円程度になることを伝えるように」と指示した。

 

結局、WのX3年及びX4年分の年間所得は各年600万円。Sも各年の給与収入600万円で決着した。トクチョウ班の重加算税を賦課する方針に対し、国税局の審理担当は「現時点では、隠ぺい又は仮装して、法定申告期限までに納税申告書を提出しなかった」行為には該当しない。そのため、重加算税は賦課できないとの判断を示した。

 

WがSに経営権を譲渡したように装ったのはX5年のことで、申告期限はまだ来ていない。よって、デリヘルMの課税上の経営者はWとなり、仮装・隠ぺい行為がない単純な無申告だったとの判断だ。

 

しかし、最終判断は現場のリアルを知る所轄税務署長の判断になる。審理担当の意見には従わず、無申告重加算税を賦課した。

 

飲まざるを得ない状況にターゲットを追い込み、最大限の追徴税額で折り合いをつけるのがトクチョウ班の調査だ。

 

上田 二郎

元国税査察官/税理士

 

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