(※画像はイメージです/PIXTA)

「私にとって辞書の中で最も美しい言葉は、タリフ(関税)だ」そう語るトランプ氏は、自らを「タリフマン(関税男)」と呼ぶこともありますが、実はその“元祖”ともいえる人物がアメリカに存在しました。19世紀末に高関税政策を推し進めた第25代大統領、ウィリアム・マッキンリーです。本記事では、池上彰氏と増田ユリヤ氏の著書『池上彰と増田ユリヤのYouTube学園特別授業 ドナルド・トランプ全解説』(Gakken)から一部を抜粋・再編集し、トランプ氏の政策の背景を解説します。

タリフマン(関税男)には「元祖」がいた?〜「保護主義のナポレオン」と呼ばれた大統領〜

「私にとって辞書の中で最も美しい言葉は、タリフ(関税)だ」

 

そう述べるトランプは「タリフマン(関税男) 」とも呼ばれるが、実はアメリカには「元祖・タリフマン」が存在する。第25代大統領のウィリアム・マッキンリー (1897~1901年)だ。

 

トランプはマッキンリー大統領について「彼のリーダーシップのもと、アメリカは急速な経済成長と繁栄を享受した」「関税によってアメリカの製造業を保護し、国内生産を促進することでアメリカの工業化と世界進出を促した」などと絶賛している。

 

マッキンリー大統領が下院議員時代の1890年、下院歳入委員長として「マッキンリー関税法」を成立させた。この関税法によりアメリカが輸入する多くの製品の関税が引き上げられ、関税率はおよそ50%に達したといわれている。1896年には、関税によってアメリカに1億6,000万ドルの収入がもたらされ、国の歳入の最大の構成要素となったとの研究もある。

 

そうした成果から、マッキンリー大統領は「保護主義のナポレオン」と呼ばれるようになったという。

 

マッキンリー大統領は高い関税によってアメリカの製造業を保護しただけでなく、ハワイを併合し、スペインとの戦争でプエルトリコとグアムの割譲、フィリピンの金銭譲渡を認めさせている。また、マッキンリー大統領の後任であるセオドア・ルーズベルト大統領は、パナマをコロンビアから分離し、パナマ運河を建設している。パナマ運河も、トランプが現在、「アメリカの手に取り戻さなければならない」としている場所だ。

マッキンリーを絶賛するトランプ

マッキンリー大統領は、いわば帝国主義的な対外政策を取ってきたのだが、そうしたところもトランプにとっては「敬意を表すべき実績」なのかもしれない。アメリカの利益を第一に考え、他国に対して強権を振るう。関税を武器として使い、グリーンランドのようにアメリカにとって価値のある土地を「よこせ」と言ってはばからない。アメリカはあたかも100年以上前の価値観に戻ってしまったかのようだ。

 

トランプの「マッキンリー絶賛」はこれだけではない。就任初日の大統領令で、マッキンリー山からデナリ山に名前が変わっていた名称を、マッキンリー山へと戻している。もちろんマッキンリー大統領にちなんで名付けられたものだが、北米大陸最高峰の標高を誇ることから、「偉大な大統領」になぞらえたものだ。

 

マッキンリーへの思いは、トランプの就任演説にも表れている。

 

〈これからすぐに、メキシコ湾の名称をアメリカ湾に変更し、偉大な大統領ウィリアム・マッキンリーの名前を復活させ、(デナリ山の名称を)マッキンリー山に戻す。それが本来あるべき場所、所属する場所だ。
マッキンリー元大統領は、関税と才能を通じて米国を非常に豊かにした。彼は生まれながらのビジネスパーソンで、彼がもたらした資金によりテディ(セオドア) ・ルーズベルト元大統領は多くの偉業を成し遂げることができた。
その中にはパナマ運河も含まれるが、愚かにも米国からパナマの手に渡ってしまった。米国はパナマ運河建設にかつてないほどの巨額の資金を費やし、3万8千人の命を失った。私たちは、決してするべきではなかったこの愚かな贈り物によって非常にひどい扱いを受け、パナマがわれわれにした約束は反故にされている。
われわれの取引の目的と、条約の精神は完全に侵害されている。米国の船舶はひどい過剰請求を受け、いかなる方法、形態においても公平に扱われていない。これには米海軍も含まれる。中国がパナマ運河を運営しているが、中国ではなくわれわれがパナマに運河を与えたのだ。米国は運河を取り返す〉

 

オバマ大統領時代のアメリカ政府が2015年にマッキンリー山をアラスカ先住民の呼び方であるデナリ山に改称することとしたのは、アラスカ州政府の40年にわたる要求に応じてのことだ。先住民にとって聖域とされてきたデナリ山は、先住民に敬意を表して元の名前で呼ばれるべきだとしたものだった。だがトランプは、こうした経緯も無視して「マッキンリー山」に戻したのである。

 

これはトランプのマッキンリー大統領への敬意だけにとどまらず、「オバマのやったことをすべて覆したい」とする執念もあるのかもしれない。

 

マッキンリー大統領は高い関税によって「強いアメリカ」を取り戻した。トランプもこれに倣いたいということのようだが、現在のアメリカには当時ほど守るべき製造業が存在せず、第二次産業である製造業はGDPの2割弱にとどまる。むしろ、全体の6割近くを情報、通信、金融などの第三次産業が占めている。

 

100年以上前のまったく産業構造が異なる状況を現在に当てはめ、マッキンリー大統領と同様に関税率を引き上げたことで同様の成果を上げられると考えるのは無理筋としか言いようがない。

 

 

池上彰
ジャーナリスト

 

増田ユリヤ
ジャーナリスト

 

 

※本連載は池上彰氏と増田ユリヤ氏による著書『池上彰と増田ユリヤのYouTube学園特別授業 ドナルド・トランプ全解説: 世界をかき回すトランプ氏が次に考えていること』(Gakken)より一部を抜粋・再編集したものです。

池上彰と増田ユリヤのYouTube学園特別授業 ドナルド・トランプ全解説: 世界をかき回すトランプ氏が次に考えていること

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池上 彰 増田 ユリヤ

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