(※写真はイメージです/PIXTA)

※本稿は、チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏(三井住友DSアセットマネジメント株式会社)による寄稿です。

 

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【目次】

1.米ハイテク株を直撃、赤い彗星ディープシーク

2.ディープシークとフェイクキャンペーン

3.まんまと一杯食わされた?米ハイテク株の今後

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先端半導体の輸入が制限されるなか、中国発のAIベンチャー企業ディープシークが米国に一泡吹かせたことで、世界の株式市場に激震が走りました。中国政府が成果を積極的にアピールしたこともあって、ディープシークの登場は中国ハイテク株が大きく反発するきっかけとなりましたが、奇襲にひるんだ米ハイテク株は対照的に冴えない展開が続いています。科学が発達する以前は「不吉な出来事の前兆」とされた彗星のように、市場の不安心理を大いにかきたてた赤い彗星ディープシークでしたが、その後の顛末はなんともモヤモヤとした状況になっています。

1.米ハイテク株を直撃、赤い彗星ディープシーク

■中国製AI「ディープシーク」の登場は、世界のハイテク業界と金融市場に大きなインパクトをもたらしました。というのも、ディープシークの性能は米オープンAIなどが開発した最先端の大規模言語モデル(LLM)と同等であるにもかかわらず、エヌビディア製の最先端AI半導体は使わず驚異的な低コストで開発された、と報じられたからです。さらに、主要なアプリストアでのダウンロードランキングで全米1位を獲得したこともあって、世界はディープシークの話題で持ちきりとなりました。

 

■米ハイテク株が上昇をけん引してきた株式市場に与えた影響は大きく、ディープシークが大々的に報じられた直後の1月27日のニューヨーク株式市場では、エヌビディア株は1日で約17%下落し、同社の時価総額の約5,900億ドル(約91兆円)が吹き飛びました。また同日には、ナスダック市場全体でも時価総額の約1兆ドル(約154兆円)以上が消失することとなりました。

 

〈攻守逆転の様相を見せる米中ハイテク株〉

■まさに「ディープシーク・ショック」と呼ぶにふさわしい状況となり、その後の米ハイテク株の調整局面入りを決定づけるイベントとなったのは記憶に新しいところです。そして、米ハイテク株から逃げだした資金の一部は、香港に上場する中国ハイテク株へと向かったようです。香港ハンセン・テクノロジー株指数はディープシーク・ショック前の水準から3月6日に付けた直近高値の6,068.77ポイントまで、1月半ほどの間に約35.8%も上昇しました(図表1)。

 

[図表1]エヌビディア株とハンセン・テクノロジー株指数

 

■まさに、AI開発競争における米中の好守逆転を印象付ける出来事にも感じられますが、その後のディープシークにまつわる顛末をつぶさに追っていくと、事はそんなに単純でないことに気づかされます。

2.ディープシークとフェイクキャンペーン

■低コストでありながら高スペックを実現した「驚異の最先端AI」として世界の話題を独占したディープシークでしたが、そのデビュー当初より指摘されていたのが「蒸留(他社のLLMをモデルに学習することで学習プロセスを効率化・簡略化する開発手法)」と呼ばれる開発手法や、他社データへの不正アクセスに関する疑惑でした。

 

■そんなディープシークの「神話」を揺るがす出来事が続いています。シンガポール当局は2月27日にシンガポール人2名、中国人1名について、エヌビディア製の最先端半導体を不正に入手・輸出したとして詐欺罪で起訴しました。なお、不正に取得・輸出されたエヌビディア製半導体はAIサーバーに搭載され、マレーシア経由で中国のディープシークに渡った可能性が指摘されています。

 

〈疑惑続出のディープシーク、崩れる神話、はがれるメッキ〉

■半導体業界やAIの技術動向などの調査・分析を行う米独立系調査会社のセミアナリシスによれば、「ディープシークはAI開発のために少なくとも5億ドル相当の半導体を購入し、エヌビディア製半導体のH800を約1万個、H100を約1万個、H20を約3万個を保有している」と報じられています。こうした調査結果が正しいのであれば、ディープシークが最先端の半導体を使用せず、低コストで最先端のAI開発に成功したとする説明は、相当に「盛った話」であった可能性が高まります。

 

■さらに、他社AIから利用規約に反する方法でデータを取得し、蒸留とよばれる手法でLLMを開発していたのだとすれば、低コストで高スペックのAIを開発したその「高い技術力」についても、疑念を抱かれてもしょうがないでしょう。

 

〈ディープシーク・ショックを演出した?大規模フェイクキャンペーン〉

■そんな「あやしい彗星」が世界中で旋風を巻き起こした背景には、巧みに仕組まれた偽情報キャンペーンがあった可能性が指摘されています。東証スタンダード上場のIT企業テリロジー・ホールディングスと提携して、日本でも「ディープフェイク検知サービス」を提供するイスラエルのITセキュリティ企業サイアブラ社は、「ディープシーク:組織的な偽情報キャンペーン “DeepSeek AI: Coordinated Fake Campaign”」という調査レポートを公表しています。

 

■同社はレポートのなかで、一連のディープシークにまつわるフィーバーが、①最近作られた数千もの偽アカウントを起点に、②中国のボット・ネットワーク(ウイルスに感染したコンピューターをネットワーク化したもの)を活用し、③政府の関与の元で組織的かつ大々的に行われた「偽情報キャンペーンであった可能性が高い」、と結論付けています。

 

■カナダの政府情報機関であるカナダ安全情報局(CSIS)は、中国政府が不正な手段を用いて2019年と2021年のカナダの国政選挙に介入し、親中的な候補者を複数当選させたと報告しています。米中の対立関係が先鋭化する昨今、こうした情報工作は政治、経済、安全保障といったさまざまな分野で活発化する状況にあるようです。そして、安全保障とも密接に関わる最先端のAI開発の分野で、サイアブラ社が指摘したような情報工作が仮に仕掛けられていたとしても、驚くには値しないでしょう。そう考えると、私たち投資家としても、「こうした情報工作もありうべし」と心得たうえで、情報の精査と投資判断を行っていく必要がありそうです。

3.まんまと一杯食わされた?米ハイテク株の今後

■ここもとの米ハイテク株の調整が「偽情報による組織的な大規模キャンペーン」をきっかけに引き起こされたのであったとすれば、市場の誤解は時間の経過とともに解消へ向かう可能性が高いのではないでしょうか。また、ディープシークについては、開発の背景や詳細が明らかになるにつれ、当初の「破壊的なイノベーション」というイメージとは異なり、最先端のAIを追いかける「ファスト・フォロワー(Fast follower、素早い後追いプレーヤーのこと)」に過ぎない、との見方が強まっているようです。

 

〈揺るがない米国の優位、人材力で反撃期す中国〉

■仮に、こうしたディープシークについての評価が的を射たものであるならば、今後の米中のAI開発競争や米ハイテク株の展望について、いくつかの重要なポイントを指摘することができそうです。それは、①AI開発にはやはり巨額の投資や最先端の半導体が必要なこと、②こうした点で中国を圧倒する米国の優位は変わらないこと、③株価の調整で米ハイテク株の過熱感が相当に後退したこと、④米ハイテク業界による巨額のAI投資は競争優位の源泉になる可能性が高いこと、その一方で、⑤AI開発の最重要リソースの一つであるAI人材が豊富な中国の実力も侮れない、といったところでしょうか。

 

〈進むAI株のバリュエーション調整〉

■ちなみに、AI関連株の代表格ともいうべきエヌビディアは好調な業績が続く一方、株価はディープシーク・ショックを契機に大きく調整に転じたことで、12ヵ月先予想株価収益率(PER)はピーク時の40倍超の水準から20倍台半ばまで低下しました。また、旺盛なAI投資需要を背景にエヌビディアの業績は力強い増益トレンドが続いていることもあって、同社のPEGレシオ(今期予想PERを今期の一株当たり利益(EPS)成長率で割った数字)は約0.86倍にとどまり、S&P500種指数の約1.48倍(今期予想PER約20.9倍、今期EPS成長率約14.1%、いずれも3月14日現在)を大きく下回る水準となっています(図表2)。

 

[図表2]エヌビディア株のバリュエーション

 

■こうして見ると、ここもとの米ハイテク株の冴えない展開は、これまで続いた上昇相場の転換点というよりも、ディープシークの登場をきっかけに起こった「バリュエーション調整」に過ぎず、昨年株価が上昇し過ぎた反動が出たもの、と考えたほうがしっくりくるように感じられます。そして、ディープシーク・ショックが米調査会社が指摘するように組織的なフェイクキャンペーンにより引き起こされた「仕組まれた混乱」であったのならば、私たちは「まんまと一杯食わされた」のかもしれません。

 

■仮に、こうした見方が正しいならば、同じアジア人として見事な頭脳戦を展開した彼の国の関係者に敬意を表しつつ、投資家としては米ハイテク株やAIの成長ストーリーへの回帰を検討するタイミングに差し掛かっているのではないでしょうか。

まとめに

世界を震撼させた中国製AI「ディープシーク」の登場後、香港に上場する中国ハイテク株は好調が続く一方、米ハイテク株は軟調な推移が続いています。しかし、「高スペック・低コスト」とされたディープシークにまつわる神話は、開発手法への疑惑、半導体調達に関する不正の摘発、そして、専門機関による調査結果などが明らかになるにつれ、そのメッキが剥がれ落ちてきているようです。

 

ディープシーク・ショックが巧みに仕組まれた「組織的な偽情報キャンペーン」であった可能性が指摘されています。もし、ディープシークが「破壊的なイノベーション」というよりも、最新技術を後追いする「ファスト・フォロワー」に過ぎないのであれば、バリュエーション調整が進む米ハイテク株の投資機会を見直すタイミングに来ているのではないでしょうか。

 

 

※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。

※当レポートの閲覧にあたっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『まんまと一杯食わされた?「大荒れAI株」の今後 ~中国製AIディープシークとディープフェイク【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】』を参照)。

 

白木 久史

三井住友DSアセットマネジメント株式会社

チーフグローバルストラテジスト

 

【ご注意】
●当資料は、情報提供を目的として、三井住友DSアセットマネジメントが作成したものです。特定の投資信託、生命保険、株式、債券等の売買を推奨・勧誘するものではありません。
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