「ペットは家族だから医療費控除できるはずだ!」
確定申告のシーズンがやってきました。顧問税理士の中川明は顧問先の社長である小林雅之氏と確定申告の打ち合わせをするため小林宅に訪れました。するとペットの医療費控除をめぐり花子夫人と議論することに…。
【登場人物】
小林雅之(仮名)…株式会社金音の社長。50代後半。家族経営でずっとやってきたが、年々上がる税金に恐怖を覚える。どうにかして安くできないかなと考える一方、やりすぎ節税で身を滅ぼすのは怖いとも感じている。実は愛人がいる。
小林花子(仮名)…雅之の妻。若い頃から一緒に雅之の中小企業経営に経理としてかかわってきた。夫がなかなか帰ってこない寂しさを愛猫で癒している。
中川明(仮名)…株式会社金音の顧問税理士。
花子:だーかーら! さっきからいってるじゃない! ミーちゃんは家族よ! 医療費控除できて当然でしょう。
中川:ですから奥様。先ほどからお話している通り、法律ではできないことになっているんですよ。
雅之:花子、どうしたんだ。一体。
花子:あなたぁ、聞いてよ。ウチのミーちゃん、去年、動物病院にしょっちゅう行ったじゃない? 30万円もかかったのに、先生ったら『ペットの医療費は社長の医療費控除にできません』っていうのよぉ。
雅之:先生、それはおかしいんじゃないか。『医療費控除は家族の分の医療費も落とせる』『自費の診療だって治療や療養になるものなら大丈夫だ』と前に教えてもらったぞ。そしてミーちゃんはわれわれの家族だ。話が違うじゃないか。
中川:前半はその通りですよ。医療費控除は本人と生計をともにする配偶者や親族といった家族の分の医療費を含めます。保険診療か自由診療かも関係ありません。
雅之:じゃあ…
中川:ただ、1点だけ認識のズレがあります。ミーちゃんは家族かもしれない。でも猫なんです。
医療費控除にできるのは「人間」の医療費だけ
花子:猫だから何だっていうのよ!
雅之:ちょっと落ち着きなさい。先生、すまない。こいつ、ホントにミーちゃんを家族としてかわいがってきたもんだから…許してやってほしい。
中川:いえ、いいんです。愛情深い証拠ですから。ただ、法律には『猫の医療費まで医療費控除にしていい』なんて書いてないんですよ。
雅之:どういうことだ。
中川:ちょっと難しい話になるんですが、医療費控除の条文を見てください。特に太字の部分をみてください。誰の医療費が医療費控除になると書いてありますか?
医療費控除
第七十三条 居住者が、各年において、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払つた場合において、その年中に支払つた当該医療費の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額を除く。)の合計額がその居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の百分の五に相当する金額(当該金額が十万円を超える場合には、十万円)を超えるときは、その超える部分の金額(当該金額が二百万円を超える場合には、二百万円)を、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除する。
(参照)e-gov「所得税法(令和7年1月1日施行)」
雅之:えーっと、『自己』『配偶者』『その他の親族』だが?
中川:ミーちゃんはどこに入りますか?
雅之:『その他の親族』だろうか。
中川:親族は人間に限られます。配偶者もですが。
雅之:そんなの、法律に書いてないじゃないか。
中川:民法という法律に書いてあるんです。
親族の範囲
第七百二十五条 次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族
(参照)e-gov「所得税法(令和6年5月24日施行)」
中川:『次に掲げる者』とあるでしょう。『者』というのは通常、自然人つまり人間を指すんですよ。だから親族は人間に限られるんです。
花子:そんなのヘリクツだわ!
中川:じゃあ、ミーちゃんが親族になり得ない理由をもう1つ。同じ民法ですが、動物について定めてあるところが2つあります。
動物の占有による権利の取得
第百九十五条 家畜以外の動物で他人が飼育していたものを占有する者は、その占有の開始の時に善意であり、かつ、その動物が飼主の占有を離れた時から一箇月以内に飼主から回復の請求を受けなかったときは、その動物について行使する権利を取得する。
(参照)e-gov「民法(令和6年6月24日施行)」
動物の占有者等の責任
第七百十八条 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
(参照)e-gov「民法(令和6年5月24日施行)」
中川:社長は『占有』という言葉の意味はご存じですか?
雅之:自分で持っている、ということじゃないの?
中川:厳密には『自分のために特定の物を所持したり、支配したりする状態』ですね。この言葉、どんな文脈で使うと思いますか?
雅之:『車を占有する』『アパートを占有する』とかだな。
中川:人間に対して『占有』という言葉を使えますか? 奥様。
花子:まさか! そんなの、相手に失礼よ。
中川:その通りです。占有という言葉は物にしか使いません。一方、民法の動物に関する規定では『占有』という言葉を使っています。
雅之:つまり…
中川:ミーちゃんは猫という動物であり、物である。同時に、親族は人間しかなれない。つまり動物であるミーちゃんはあなた方にとって家族かもしれないけど、法律上は物でしかない。だから医療費控除の対象となる親族には含まれないんです。
動物は民法上は「親族」にできない…
花子:なぁんだ。ミーちゃんの医療費は医療費控除にできないのか。残念。…ねえ、先生。ミーちゃんの医療費、どうにか会社の経費にできませんか?
雅之:お、おい、花子。いいかげんにしなさい。
花子:だってもったいないじゃない。30万円も払ったのよ。どうにかして節税に使いたいわ。
中川:うーん…。ミーちゃんの状況を考えると、ちょっと難しいですね…
花子:あら、どうしてよ。
中川:ミーちゃんが会社の看板猫とかで営業して集客してくれるとかなら、可能性はなくもないんですが…
花子:じゃあ、そういうことにしてよ。
中川:かなり難しいですねぇ。そもそも私、巡回監査のとき、ただの一度もミーちゃんを会社で目にしたことがありません。『うそついて経費にしていい』なんて立場上、決していえません。
雅之:というか、出社なんて無理なんだよ。家内がミーちゃんを家から出そうなんてしないからさ。あれこれ食べさせすぎるし、今やメタボ猫になっちまった…
花子:ちょっとあなた、余計なことをいわないでよ。…あ~あ、なんか節税できないかなと思って頑張ったのに。残念。
中川:奥様、医療費なんてかからないのが一番です。キャッシュアウトがなければ、それだけ現金も貯められます。
雅之:節税で頭を悩ませるより、ミーちゃんに運動させて健康体になってもらう努力をした方がよさそうだな。
【まとめ】
●ペットは家族でも人間ではないので法律上の親族にはなれない
●医療費控除の対象は、あくまでも本人と人間の家族だけ
●だからペットの医療費は医療費控除の対象にならない
●ペットが事業にきちっと貢献していないなら、経費にするのも難しい
●医療費控除は出て行った医療費のわずかしか戻ってこない
●一番の節約は「健康体でいること」
鈴木まゆ子
税理士