問題になりやすい資産構成は「自宅+老後資金の残り」
徹男さん(80歳)には、長女の明子さん(54歳)、長男の和夫さん(49歳)の2人の子がいた。妻には、少し前に先立たれている。徹男さんは、東京郊外に自宅を所有し、長女の明子さんと同居をしていた。
明子さんは、一度は結婚をして家を出たが、5年前に離婚をして実家に戻ってきていた。明子さんの子どもはすでに独立している。明子さんは、実家の一部を教室風に改装して、自宅で英語塾を経営していた。英語塾の経営は、トントンで生活費は稼げているという程度だ。和夫さんはサラリーマン。30歳のときに結婚をして実家を出た。子どもが2人いて大学受験を控えているが、この不況で収入も上がらず、生活状況は裕福ではない。
徹男さんは、テレビで相続に関するニュースを見るたびに「財産がある人は大変だ。その点、うちはなにも財産がないから安心だね」などと言っていた。父と暮らす明子さんも、うちは相続紛争とは無縁と思っていた。
そして、先日、徹男さんが亡くなった。やはり遺言は作っていなかった。遺産は、自宅(3000万円相当)と預金500万円であったのだが・・・。
このケースでは、徹男さんの遺産は3500万円程度です。明子さんと和夫さんは、遺産分割でもめて相続紛争になってしまわないでしょうか。結論から言えば、もめる可能性は高いと思います。このような「自宅不動産+老後資金の残り」という遺産構成が、実際に私が出会う相続紛争の典型的なケースです。
遺産分割事件の約75%は、遺産額が5000万円以下
よく、相続を家族が争うと書いて「争族」ともじったりしますが、いくら遺産分割協議に納得できないといっても、やっぱり身内のことですから、感情的な対立があっても、できる限り内輪で解決しようとします。それでももめてしまってどうしようもない場合、弁護士に遺産分割協議を依頼することになるかと思います。
依頼をされた弁護士は、家族間のことだから裁判沙汰にするのは避けようと、できる限り裁判手続きを行わず、話し合いで解決をする道を探ります。それでもどうにも解決がつかない案件が家庭裁判所に遺産分割事件として持ち込まれるわけです。
家庭裁判所での遺産分割事件は、もうもめにもめて、どうしようもない案件の集まりということになります。
では、いったいいくらの遺産を分割するために、家庭裁判所に遺産分割事件が持ち込まれているのでしょうか。
裁判所が発表している資料(平成24年司法統計)によると、遺産分割事件全体のうち約75%は、遺産額が5000万円以下です。さらに言うと、1000万円以下の遺産額で家庭裁判所にいくまでの紛争になった事件が約30%もあります。裁判所で扱っている遺産分割事件の4分の3は、遺産額が5000万円以下なんですね。
みなさんは、遺産分割事件というと、もっと高額な遺産を分けるために骨肉の争いをしているというイメージがありませんでしたか。でも、遺産分割事件は、決して一部の資産家だけの問題ではないのです。誤解を恐れずに言えば、財産が少ないほうがもめやすいのです。東京近郊では、徹男さんのように、自宅を所有していて、老後の生活資金が少し余ったという遺産構成のケースがもめやすい典型例なのです。
資産が少ない人は「生前の対策」をしないことが多い
では、なぜ遺産が少ないほうがもめやすいのでしょうか。理由の1つ目は、資産が少ない方は、生前に対策をしていないケースが多いからです。
たとえば、何億円もするような土地をもっていたり、遊休不動産をいくつももっていたり、金融資産が1億円あるなどといった資産家の方は、生前に税理士さんとお付き合いがある人が多いです。親しい税理士さんがいれば、相続税のアドバイスなどを受けていることも多いですし、それと同時にどうしたら遺産分割でもめないようになるか対策を講じている人も多いです。
また、資産家の方は信託銀行の営業対象になることも多く、信託銀行職員から、「相続紛争を避けるためにも遺言を作っておいたほうがよいですよ」などとすすめられて、相続対策を考えていることが多いようです。
では、資産が少ない方はどうでしょうか。相続税がかかる心配がなければ、事前に税理士とも付き合いがなく、相談をする機会もない方が多いでしょう。また、信託銀行も資産家を優先して営業するでしょうから、資産が少ない方に信託銀行から積極的な営業に来ることもさほど多くはありません。
そうすると、相続対策をしたほうがよいのに、結局誰にも相談をする機会がなく、なにも相続対策をしないで亡くなってしまうことになります。
だから、亡くなった後に相続紛争に発展してしまうのです。