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かつてアルコール消費を抑制しようとした禁酒法は、社会的影響のみならず、経済にも多大な波紋を広げました。販売の禁止が消費の抑制につながるという理論のもとに制定されたこの法律は、表向きには社会の健全化を目指したものの、その背後には自由と規制のバランスに関する深い議論が存在します。経済活動における個人の権利と国家の介入の限界を考えるうえで、禁酒法が残した教訓とは何だったのでしょうか? 本記事では、19世紀で最も影響力のあったイギリスの哲学者、経済思想家であるジョン・スチュアート・ミルの「自由論」を翻訳した書籍『すらすら読める新訳 自由論』(著:ジョン・スチュアート・ミル 、その他:成田悠輔 、翻訳:芝瑞紀 、出版社:サンマーク出版)より一部抜粋・編集し、禁酒法を通じて浮かび上がる自由と規制の交錯を探ります。

「安息日に関する法律」は自由を侵害している

個人の「正当な権利」に対する「不当な干渉」として、もうひとつ重要な例がある。

 

「いつか危険をもたらすかもしれない」という類のものではなく、すでに私たちの社会に存在し、長きにわたって自由を侵害してきたものだ。すなわち、安息日に関する法律である。

 

ユダヤ教徒は、よほどの緊急事態でないかぎり、週に一度は日常的な仕事を休まなければならない。ユダヤ教徒ではない人々にとっても、この習慣は有意義なものになるだろう。

 

だが、この義務が守られるためには、労働者階級全体がこの習慣に合意していなければならない。なぜなら、誰かひとりが働いたら、ほかの人たちにも働く義務が生じるからるからだ。法律を制定し、ほとんどの産業に休日を設けることを義務づければ、労働者たちは「その日は全員が休みをとる」と信じられるようになる。その観点から考えると、安息日を義務づけるのは正当なことだ。

 

しかし、全員がこの習慣を守ることがほかの労働者の利益につながらない場合、その正当性は失われる。つまり「暇な時間を使って仕事をしよう」と決めて働いている人を強制的に休ませるのは間違っているのだ。

 

また、安息日のせいで誰かの楽しみが失われることも許されない。実際、娯楽とは誰かの労働のおかげで生まれるものだ。多くの人の娯楽のために少数の人が働くことには価値がある。その娯楽が、人々の英気を養うものだとしたらなおさらだ。ただし、その少数の労働者には、仕事を「選ぶ」自由と「やめる」自由が与えられていなければならない。

 

労働者は、「誰もが日曜日も働くようになれば、6日分の給料で7日間働かされることになる」と考えるかもしれない。たしかに、その考えは正しい。しかし、日曜日に他者の娯楽のために働く人は、それに見合った給料をもらえるはずだ。お金よりも休みが欲しいなら、違う仕事を選べばいい。別に私たちは、特定の職業に就く義務など負っていない。あるいは、日曜日に働かなければならない人に別の配慮をすべきだというなら、日曜日の代わりにほかの曜日を安息日にすればいいのだ。

宗教の名のもとに広がる抑圧とその危険性

日曜日の娯楽を禁じる唯一の方法は、宗教によって禁止することだ。しかし、宗教をそんなふうに用いるのは許されない行為であり、私たちは断固として反対しなければならない。ローマの皇帝ティベリウスが言ったように、「神に逆らった者は神によって裁かれる」べきだ。社会やその代表者が「それは人間にとって有害ではないが、神に背く行為だ」などと言って、その行為を神に代わって裁くことができるのだろうか。いまのところ、そういう行為を正当化できる根拠は存在しない。

 

「人は他者に宗教心をもたせる義務がある」という考えは、人類のあらゆる宗教的迫害の基礎になっている。その考えを認めるのは、すべての迫害を認めるのと同じことだ。

 

鉄道が日曜日に運行するのをやめさせようとする活動家も、日曜日に美術館が開館することに反対する活動家も、かつて迫害を行った人々ほど残酷ではない。だが、背景にある考え方は、迫害者のそれと変わらない。すなわち、「おれの宗教で許されていないことは、おまえの宗教では認められているとしても、けっして許さない」という強い感情なのだ。

 

その人たちの考えに従うなら、神は異教徒の行動を嫌悪するだけにとどまらない。異教徒の行動を放っておく人も罪人と見なされてしまう。 

 

 

ジョン・スチュアート・ミル

政治哲学者

経済思想家

 

※本記事は、約165年前に出版された19世紀を代表するイギリスの政治哲学者、経済思想家ジョン・スチュアート・ミルの「自由論」を基にした新訳書籍『すらすら読める新訳 自由論』(著:ジョン・スチュアート・ミル、その他:成田悠輔、翻訳:芝瑞紀、出版社:サンマーク出版)からの抜粋です。

 

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著者:ジョン・スチュアート・ミル まえがき:成田悠輔 訳者:芝 瑞紀

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