書類の中身
書類は一枚のメモとともに綴じられていました。水分がすっかり抜け、カサカサの紙。内容を確認した裕美子さんは仰天します。叔父はまだ現役で事業を営んでいた30年前、資金繰りに苦しみ、共同経営者だった知人から借り入れを行ったようです。その額なんと1,000万円。利息も含めると、さらに大きな金額になると予測されます。しかし、貸主はその後に他界。身寄りもわからなかったために叔父はそのままにしてしまったと、メモには書かれていました。
叔父が亡くなり、遺言どおりに全財産を相続した場合、その借金の返済義務は南さんに引き継がれる可能性がありました。遺産をもらえるどころか、逆に負債を負わされてしまうという恐怖。
「これを知っているのは私だけ、誰にも言わなければきっと借金を請求されることはない……」裕美子さんはこのように考えもしましたが、後からその借金について誰かが自分に請求してくるかもしれないという不安がありました。
そのため、相続に関するセミナーに参加してみました。そのなかで「借金があると3ヵ月が経過して相続放棄ができなくなるタイミングで借金取りがやってきた」というような話を聞きます。そんな話を聞くと余計に不安になります。またもう一点、裕美子さんを相続放棄に後押しする記憶がありました。
生前の叔父と相続について話しを始めたとき、叔父には認知症の気があると裕美子さんは感じていました。病院に行って診断をもらったわけではありませんが、身近にいる裕美子さんだから気が付くレベルの症状。認知症になってから書いた遺言書は無効になると聞いたことがあった裕美子さんに悪魔の囁きが……。「介護をしたのだから、叔父の判断能力が正常じゃなかったとしても、私がもらって当然よね」そう思ったのですが、叔父を騙してお金が自分にわたるよう仕向けているような気持ちがあったのです。
「いまから思うとあの真面目な叔父が借金をそのままにするはずがない、少なくとも遺産をわたそうと思っている私には知らせるはずだ」認知症であったと考えると、すべて辻褄が合います。認知症だったから忘れてしまったか、記憶が混乱してしまったのか……。一人で悶々と考えていると、さまざまなシチュエーションが頭に浮かび、裕美子さんはとても耐えられなくなりました。
そんな後ろめたさもあり、司法書士にも借金の存在を打ち明けましたが、借金があるならば相続放棄をしたほうがいいと告げられ、そのまま相続放棄の手続きを行うことに。献身的に介護をしてきた裕美子さんでしたが、遺産を一銭も受け取れないという現実に肩を落とします。受け取れると思っていたお金が受け取れない、大きな喪失感が残りました。
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