「ここがメモの出番だ!」と思った瞬間
潜入する企業に関する情報が多いほど、何を観察して、何をメモに残すのかがより的確に判断できる。しかし、潜入する前に、相手企業のことをすべて把握するのは不可能なので、事前準備にそこまでこだわる必要はない。
準備不足を恐れて二の足を踏むより、思い切って相手の懐に飛び込んで、そこから何かをつかみ上げてくるのが潜入取材の醍醐味なのだから。何をつかみ上げることができるのかは、だれにも分からない。そこがおもしろいところなのだ。
メモには、5W1Hに沿って記録を残していくといい。いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように行ったか──というように。過剰に書く必要はないが、あとで読み返して、場面が浮かんでくるようなメモを心がける。できれば、天候や匂い、流れていたBGMや話し相手の服装なども書き留めておくといい。
大事なのは、メモはその日のうちに見直す習慣をつけることだ。書き足りない点は赤字で補足。自分の文字ではあるが、時間が限られた中のメモは走り書きとなる。
後で見返すと、何を書いたのかが自分自身でも判読できないことがある。けれども、その日のうちなら、何を書いたかという記憶を頼りに、読解不明の文字や文章を、十分に補うことができる。さらに、その日のうちに見返しておくと、メモの内容が頭に残りやすくなるという利点もある。
1年の間で、「ここがメモの出番だ!」と思った瞬間は、3店舗目の新宿駅東口にあったビックロ(2022年6月閉店)で、営業時間の後に商品整理をしていたときだ。ビックロで私が担当した仕事の一つに荷受け作業があった。
物流センターから毎日、トラックで運ばれてくる数百個に上る段ボールを、1階から3階までの指定された部署に運び入れる作業。繁忙期の感謝祭というイベントのときには、1日700個前後の段ボールが運び込まれた。マニュアルもなく、短い時間で狭いエレベーターを使って荷物を振り分けるという、誰もが敬遠したくなるような重労働だった。
その作業が終わって店頭の商品を畳み直していると、男性の正社員が私に声をかけてきた。
「荷受けは、大変だよね」
「いい運動だと思ってやっていますよ」。そう優等生的な答えを返すと、
「ホントに? 荷受けはいい運動なんかじゃないよ。奴隷の仕事だよ。奴隷の!」
というストレートな言葉が打ち返されてきた。
これはちゃんと受け取らないといけない。すぐに、商品整理をするふりをして、通路にしゃがみこんでメモ帳を引っ張り出して、彼の言葉を書き留めた。
横田 増生
ジャーナリスト