「体験投資レース」が少子化を加速させる
おそらく今後ますます苛烈化する体験投資のブームは、若い世代にとってさらなる少子化圧にもなってしまう。子どもを持つことの経済的・心理的ハードルを爆発的に高めてしまうからだ。
それこそ週5~7日の習い事をぎっしりと詰め込み、体験投資を充実させるには、低く見積もっても月に10万円近い追加費用が発生することになる。これに耐えられる家庭というのはさすがに限られてくる。しかもそれはこれからの時代には「十分条件」ではなく「必要条件」になる。子どもがフィルタリングされる要件がまさにそのような体験投資の多寡になるからだ。
社会がAI時代に設定するフィルタを突破できそうもない経済状況の人びとは子どもを持つことをためらい、諦めるようになる。あるいは、体験投資を子どもに施してやれるくらいの余力を持っているような層の人びとでも、だからといって「体験を十分にさせてあげられるような人間でなければ子どもを持つ資格などない」という世の中の倫理的ハードルの青天井の高まりに自分たちが十分に応えられる自信がなく、子どもを持つことに強いリスクを感じるようにもなる。
私たちが善かれと思いながらやっている教育投資チキンレースは、もはや「教育」の枠を超えて、全人格的な投資へとその戦線を拡大している。広がりすぎた戦線を支えるような経済的余力と精神的余力を持つ人は限られてくる。ごく一部の富裕層だけが子どもを積極的につくり、それ以下の層はじわじわと子どもをつくらなくなっていく、そういう社会構造に変化していく。というかもうすでにそのような兆しは見えている。
貧困層にとってはいうまでもなく、いまは嬉々として体験投資にリソースをつぎ込む中流以上の層にとっても、終わりのない競争にいつか疲れ果て、「これならただペーパーテスト一発勝負で好成績を収める能力が基準だったころのほうがマシだった」と懐かしく振り返る日がそう遠からずやってくるだろう。
御田寺 圭
文筆家