「詐欺の横行」で急がれた法律整備
昭和三十三年(一九五八)に宅地建物取引免許は生まれました。昭和五十六年に宅地建物免許の資格試験方式が変わり、相当に難易度の高い試験になりました。
戦後間もなく不動産免許を取得した時代から比べれば随分と整備されたものです。最初の頃、不動産斡旋業は登録制であり、免許制ではなく届ければ誰でも開業できたようです。
申し込めば合格ですから合格率が98パーセントという時代もありました。法律整備が急がれたのは詐欺が横行していたのが理由でしょう。
平成に入ってからも地面師(土地を利用した専門の詐欺師(詐欺師クループ))という輩が生き残っていたようです。これは民事法の整備の遅れもあったと思います。彼らは、土地所有者が知らないうちに、偽造した印鑑証明書や委任状などを利用して、その土地の権利に関する詐欺を行う詐欺集団で、土地を売買して手付金をだまし取ったり、借金の抵当に入れるなど様々な手口がありました。
今では、やれ運転免許証を見せろだの、住民票を見せろだの、印鑑証明書やら様々に本人確認をして問題のなきようにしますし、いろいろな場所に監視カメラがあってあらゆるところから撮影されていて、どこにいても一度や二度はカメラに写ってしまいますが、当時は本人確認など出来はしませんから、善意に頼っていたわけです。
そうこうするうちに、印鑑証明や住民票程度は所有権移転に必要となってこれを逆手に取る輩が登場します。
所有者に成りすまし「他人の不動産」を売りさばく詐欺師
気を付けていただくために手口の一例を紹介しておきます。
今では無理でしょうが、最初の手口は所有者の住民票の移動から始めます。市役所などの移動届出で本人になりすまし、転出届を提出します(現在は本人確認に免許証などの提示がいるので厳しいでしょう)。
役所は転出を受理して本人宛にはがきを送付して本人が自宅でそのはがきを受け取ります。そこで、彼らは、郵便が配達される頃に、本人に成りすまして所有者宅の門前で、いかにも本人のような顔をして家の前で掃除を始めます。
郵便屋さんが配達に来て、本人だと思ってはがきを渡してしまえば、そのはがきが本人証明となり、堂々と市役所に行って印鑑証明書と住民票が作れるというわけです。印鑑は移動先の住所を適当に設定してあるのでそんな住所があるかどうかすら分かりません。
これを所有者に成りすました人物が、その他人の所有する不動産を安価で売りさばきます。所有者本人が住んでいますから物件確認は「借家人がいるので外からだけにしてくれ」とか、「物件の引き渡しは借家人が出てからだ」などとごまかすわけです。
格安ですから支払いは急いでほしいとなれば相場の半額でしょう。購入する側は売主本人の印鑑証明書と住民票、固定資産税評価証明書などを提示して本人であることの承認を裏付けてきますから司法書士も信じるほかはないのです。
契約は総額の一割程度ということで何の疑問も抱きません。購入する側はまともな物件をここまで安く購入できたので満足です。決済日までは銀行の申し込みやら大忙しです。成りすました人物は二度と購入者に会うことはないでしょう。
決済日にはまったく連絡が取れないということになります。しかも購入者側の指定する司法書士に印鑑証明書と實印が押された所有者移動書類に押印済となれば決済日まで疑うことはありません。これで手付金が消えてなくなりますし、真実の所有者はひょっとすれば所有権を失うことにもなるでしょう。
成りすました所有者というのは善意の第三者に対して有効と思われます。今でこそ、その場で携帯電話等で確認できるわけですが、こんな悪い連中が存在したから、とんでもなく難しい条件になってきたのでしょう。今でも確認の取れない物件は扱わないようにすべきです。本人の証明に少しでも怪しいところがあれば突き詰めることは当然です。
基本的に私が購入する場合はどんなものでも誰かに購入を進められたら警戒します。ほとんどこちらから攻めていくのが鉄則です。不動産を取り扱うときに不動産免許は要りません。意外に思われるかもしれませんが、不動産を購入するには取引免許が要らないことは当然ですが売却時も必要ないのです。宅地建物取引業法が制定されたのはいうまでもなく、素人である個人を保護する目的を持つものです。
現在では、業者間取引においては自己責任で購入側は引き取りますが、業者でなければ、むしろ保護される立場のままですから、優位といえるでしょう。業者であれば誰もそんなことは自分で調べたらということにもなりますし、調べなかったらプロとして失策です。