サムスン電子前会長の相続税
サムスン電子は韓国のトップ企業のひとつで、社員25万人を擁します。世界各地に65の生産法人および130の販売法人を展開し、家電製品から工業製品、軍事製品まで幅広い電子機器を製造しています。同社は1938年に創業者である李秉喆氏により野菜などを取り扱う貿易業としてスタートしましたが、1977年に韓国の半導体メーカーを買収して半導体事業に参入しました。1987年に創業者の死去後、三男の李健熙氏(イ・ゴンヒ、1942年~2020年 )が2代目会長に就任すると、携帯電話を開発することにより以後業績を拡大して、米国のインテルと並ぶ世界的な半導体企業となりました。
2020年10月に李健熙前会長が死去すると、相続税が巨額であることが世界中のメディアで報じられました。相続財産が26兆ウオン(約2兆8,000億円)で、相続税が12兆ウオン(約1兆3,000億円)超におよびました。
韓国の相続・贈与税法には「最大株主割増評価課税(相続税および贈与税第63条第3項の規定)」条項があります。大企業の最大株主(筆頭株主、相続人)が相続した株式価値に20%を割り増し、「相続価額」を算定し、最大50%の税率を適用して相続税を賦課するというものです。一部報道では、50%以上の税率を課したというものもありましたが、これは誤りで、所定の株式の価値を20%割り増して、それに50%の税率を課したのです。
なお、この事案で相続人はサムソン電子の株式を処分せずに、借入金を納税しています。今後は、株主配当から借入金を返済するものと思われます。
韓国企画財政省が2024年7月25日、2024年税法改正案を発表しました。25年ぶりに相続税の課税標準と税率を見直すこととなり、1999年から凍結されていた最高税率が50%から40%へ引き下げられ、税負担が大幅に緩和されることになりました。
仮の話ですが、この事案の被相続人がシンガポール居住者であれば、韓国における税額は円貨で約1兆3,000億円は納付する必要がないことになります。サムスン電子は韓国にあってこその企業でありますので、このような仮定は意味のないことですが、これは相続税のあるなしが如実に示された事案です。
元イタリア首相ベルルスコーニ氏の巨額遺産
2023年6月12日に死去された元イタリア首相のベルルスコーニ氏の巨額遺産が報道されました。報道された内容で驚いたのは、遺産総額が約1兆円ということでした。
ベルルスコーニ氏の相続については、相続税がどのくらいになるのか以上にどのように遺産が相続されるかに注目が集まりました。被相続人であるベルルスコーニ氏は2度の結婚と離婚をしていて、相続人関係が複雑であると共に、3通の遺言書があることが話題に上ったからです。
相続人は、最初の結婚で生まれた長女と長男、2度目の結婚で生まれた3人の実子と、実弟、友人、33歳の女性の計8人となっています。遺言書は2006年、2020年、2023年作成の3通です。そして、2023年作成の遺言書では、友人に3,000万ユーロ、33歳の女性に1億ユーロが遺贈されることが記されていました。
相続税は大きく分けて二つの方式
各国の相続税では、大きく分けて2つに分類できます。
1つは、被相続人の遺産に課税する遺産課税方式で、英国、米国等がこの方式です。この遺産課税方式では相続が開始された段階で相続人の間で遺産分割協議書の類は作成されず、遺産を管理する代理人等が裁判所で選任され、遺産の処理(税金等の債務の処理等)を行います。その後、遺産が分配されることになります。
もうひとつの方法は、遺産を相続する相続人に課税する取得課税方式です。この方式は、欧州では、イタリア、ドイツ、フランス等で実施されています。日本は、基本的に取得課税方式ですが、相続税の総額の計算など、遺産課税方式の考え方も一部取り入れた法定相続分課税方式です。
イタリアの相続税の中身
イタリアでは、相続税は1990年に導入され、2001年に廃止されています。その後2006年に再び導入されるに至っています。
被相続人および贈与者がイタリア居住者である場合は、国内と国外の財産が課税となります。また非居住者の場合は、国内の財産だけが課税になります。納税義務者は、相続人と受贈者です。したがって、この相続に関して、ベルルスコーニ氏の相続では、8人が納税義務者となります。財産の評価は市場価額で、債務および葬儀費用等は控除対象になりますが、人的控除の規定はなく、税率により調整されます。
税率は以下のように区分されています。
①配偶者および直系尊属若しくは卑属に対する相続・贈与は100万ユーロ超に税率4%、②兄弟への相続・贈与は10万ユーロを超える額に税率6%。その他所定の親族(4親等までの親族および3親等までの傍系親族)は6%、③上記以外は8%です。
日本と比較して、税率が低いことがわかります。
矢内一好
国際課税研究所首席研究員
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