(画像はイメージです/PIXTA)

IT業界では、その多重下請け構造によって、下層にいるエンジニアの技術が正当に評価されない現状があります。学歴フィルターの存在が強く残った業界では、技術者であるはずのSEが不合理な仕組みに苦しんでいるようです。田中宏明氏の著書『SEの悲鳴 ITエンジニアを食い物にする多重下請け構造の闇』(幻冬舎メディアコンサルティング)より、詳しくみていきましょう。

下請けは現代のカースト制度だ

SES企業のエンジニアは、IT業界の下層に位置づけられています。SIerの下請けとして、常にコストダウンの標的にされながら不当な扱いを受け続けています。

 

下流工程に携わるだけでは、なかなか上流工程に上がることができません。ものづくりに特化したベテランは、いぶし銀の技術をもっているはずです。ところが、どんなに腕を磨いても、下層に留めおかれてしまうのです。彼らにとっては3層、4層目の世界がすべてで、上層に上がるためになにをしたらよいのかすら知りません。

 

SIerは、全体設計があってこそ下請けの仕事が成り立つのだと主張します。我々の存在意義は、彼らの指示どおりに動くことだけだと。そのような理不尽な言い分が、まかり通っているのが実情なのです。

 

果たしてそれで正当な評価といえるのでしょうか。私には到底納得がいきません。システム開発の現場を実際に支えているのは、下請け企業のエンジニアたちです。彼らの技術力なくして、SIerはなにもできないはずです。

 

上流工程を仕切るのは、大手SIerのエリートばかりです。対して、下流に携わるエンジニアたちには、上を目指す道が閉ざされています。よほど技術力とコミュニケーション能力に長けた人材でない限り、上層には転職できません。逆に上層の企業から下層の企業に下りてくる人材も滅多にいません。待遇があまりに悪化してしまうからです。

 

多重下請け構造下ではレイヤー間の人材移動がほとんどなく、固定されてしまっているのです。大手SIerが幅をきかせ、大卒の学歴がものをいうこの業界で、下請け企業のエンジニアに割って入る隙間などありません。これがSES企業を取り巻く、厳しい現実です。

 

大手とSES企業、それぞれの立場で働く社員の処遇格差は歴然としています。こうした硬直化した身分制度は、新卒入社の時点から始まります。IT業界では、入社した会社の位置づけによってその後の社会人人生が決まってしまいます。

 

それは新卒一括採用の弊害であり、学歴フィルターの強固さの表れでもあります。学歴、つまり18歳時点の偏差値の高さだけで、将来が決まるのです。それはまるで、生まれながらにして身分が決まってしまう奴隷制度やカースト制度のようです。

 

SES企業に入った瞬間から、彼らは上のいうことを聞くしかない立場におかれます。いつかは上流工程に携わりたいと願っても、その可能性は最初から閉ざされている、それが実態なのです。本来先進的なIT業界にあるまじき、前近代的な仕組みだといわざるを得ません。

 

学歴だけでエンジニアの優劣が決まるはずはありません。真の実力を測るには、学生時代の成績などまったく無意味だからです。それよりも、社会に出てからの仕事ぶりをしっかりと評価すべきです。入社後に、どれだけ成長したかが重要なのはいうまでもありません。

 

ところが実際には、学生時代の成績だけでエンジニアの人生が左右されてしまっています。それでは、若者のモチベーションが上がらないのは当然です。

 

大手SIerの社員だからといって、必ずしも高い技術力をもっているわけではありません。良い大学を出ていたというだけで選抜されているのです。むしろ、その後の成長でいえば、下請け企業のエンジニアのほうが目覚ましいことも少なくないのです。

 

もっとも、この構造的な問題について、大手SIerの社員の見解は異なります。彼らの多くは、就職活動の段階でカースト制度の存在は分かっていたはずだというのです。業界研究を十分におこなえば、ピラミッド型の階層構造など把握できたはずだと。であるならば、下請けの立場に文句をつけるのはお門違いだと、そう言わんばかりの態度をとるのです。

 

しかし、大手SIerに入るためには難関大学を出ている必要があります。学歴フィルターの壁は厚く、簡単には崩れそうもないのが実情なのです。

 

IT業界のカースト制度は、業界関係者の間では常識となっています。実は私自身、この会社を継ぐべきではないと周囲から再三言われ続けてきました。ITに詳しい人たちは口をそろえて、下層にとどまっているような会社に未来はないと忠告してきました。

 

会社を継ぐ前に、大手SIerの元トップセールスと話す機会がありました。エンドユーザーにも、SIerの実情にも精通している人物です。当時私の父親が営んでいた会社の社名を出したところ、「聞いたことがない、社員のスキルシートを見せてほしい」と言われました。

 

スキルシートとは、その人がもつ資格や、これまで担当してきた案件の履歴が記されたものです。その会社にどのような人材がそろっていて、どのような案件を請け負うことができるのか、クライアント側が判断するのに使われます。彼は何人かの社員のスキルシートに目を通すなり、こう言ったのです。

 

「この会社はすぐに沈む。今すぐ辞めるべきだ」

 

技術の発達により、下層のエンジニアの仕事はAIに取って代わられてしまうだろう、というのが彼の見立てでした。このときのショックが、私を奮い立たせるきっかけにもなりました。必ずもっと上層まで社員たちを連れて行ってやる、と。

 

SES企業がこのまま現状に甘んじていれば、すぐに淘汰されてしまいます。AIより下に位置する集団など、存在価値を失ってしまうのは目に見えています。だからこそ、変革を急がなければならないのです。人間にしかできないような仕事をするチャンスを、SES企業のエンジニアたちにも与えねばなりません。

 

学歴だけで人を判断し、実力を正当に評価しない。その不合理な仕組みを、私は決して許容できません。大手SIerが牛耳る多重下請け構造が、SES企業とそこで働くエンジニアを不当に貶めているのです。
 

 

 

田中 宏明
株式会社ソフネット代表取締役

※本連載は、田中宏明氏の著書『SEの悲鳴 ITエンジニアを食い物にする多重下請け構造の闇』(幻冬舎メディアコンサルティング)より抜粋したものです。

SEの悲鳴 ITエンジニアを食い物にする多重下請け構造の闇

SEの悲鳴 ITエンジニアを食い物にする多重下請け構造の闇

田中 宏明

幻冬舎メディアコンサルティング

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