楽して稼ぐIT子会社の実態
1990年代後半から2000年代にかけて、日本の大手企業では、IT部門を別会社化するIT子会社設立の動きが広がりました。この潮流には主に3つの理由がありました。
第1に、IT投資の拡大に伴い、IT要員の人件費高騰が懸念されたことから、子会社化によるコスト削減が大きな目的とされました。給与水準を子会社ベースに抑えることで、人件費の圧縮が可能になります。
第2に、人事政策上の課題からIT子会社の必要性が高まりました。本体からのリストラ対象者や昇進難航組の出向先が不足しており、IT子会社はうってつけの受け皿と位置づけられたのです。
第3に、それまで内製化が進んだITシステムを、新たな収益源として外販することが期待されました。自社の強みとなるシステムやノウハウを武器に、IT子会社が新規ビジネスを興せば、企業グループ全体で新たな収益が生み出せると考えられていたのです。
これら3つの理由から、大手企業を中心にIT子会社の設立ラッシュが起きました。日本生命、JR東日本、日立製作所、三菱商事などの有力企業が、続々とIT子会社を立ち上げていったのです。
しかし、設立の理念とは裏腹に、大半のIT子会社が期待された役割を果たせずにいます。特に、自社システムの外販ビジネスで苦戦を強いられた企業が相次いでいます。伊藤忠テクノソリューションズなどの一部の例外を除き、ほとんどのIT子会社が外販による収益を確保できずにいます。自社ノウハウと密着したシステムを外販するのが難しかったことが大きな要因です。
社内の業務プロセスに合わせてカスタマイズされたシステムでは、汎用性に乏しく他社への展開が困難でした。さらに、大手SIerに比べ営業力やブランド力が圧倒的に不足しており、標準パッケージ製品の販売にも困難をきたしました。
その結果、多くのIT子会社が本来の目的を見失い、下請け的な存在に終始してしまっています。必要以上の人員が集まり、本体からの発注業務の中間マージンによる利益稼ぎが本務化する体質へと変質していったのです。
IT子会社が本体からの出向者の受け入れ先と化してしまったことで、業務に無関心かつIT専門性の乏しい人材が、IT子会社に集まる結果となりました。もちろん技術力も営業力もないため、本体企業以外の仕事を請けることはできません。
あるインフラ企業のIT子会社は、まさにそうした不健全性を体現しています。本体企業の仕事を請ける際には、必ず商流にそのIT子会社を通さねばならないという暗黙のルールが存在するのです。子会社は本体企業から発注を一旦請けますが、実際の作業はSIerに再発注するだけです。自前のIT技術力は皆無で、発注業務の窓口となり、その過程に入るのが彼らの仕事となっています。
プロジェクト管理の実務はSIerが担い、IT子会社の社員は傍観するだけの体制が常態化しています。現場からの提言や改善要求に対しては、「親会社から指示があった」と開き直るのみで、受け入れる姿勢も一切見られません。
極めて非効率な構造が生み出され、結果的にその責任はすべてSIer側に転嫁されていきました。形だけのIT子会社が、下請け構造における不健全な慣行の一因を作り出してしまったのです。
こうして、本体企業に対するコスト削減がIT子会社最大の責務となりました。出身母体の権威をもちつつもITに関する専門性は皆無に等しいため、プロジェクトの品質やスケジュールよりも、いかに原価を極限まで下げ利益率を高められるかに固執する状況に陥っています。
SIerに対して過剰なコスト圧縮を要求し続け、結果として品質劣化や納期遅延を生み出してしまっています。本来ならIT投資の生産性向上を追求すべき存在が、その対極に立ってしまっているのです。
田中 宏明
株式会社ソフネット代表取締役