今回は、遺産は自宅だけというケースで、他の相続人から遺産分割を求められた妻のトラブル事例を見ていきます。※本連載は、弁護士・武内優宏氏の著書『おひとり様おふたり様 私たちの相続問題』(セブン&アイ出版)の中から一部を抜粋し、「おひとり様」の相続を巡るさまざまなトラブルを、具体的な事例を取り上げて解説します。

良好と思っていた「夫の両親」との関係が・・・

【case6】夫婦ふたり、夫が突然亡くなってしまったら……

 

●相談者:伊藤綾子(仮名58歳)

●被相続人:夫(子供なし)

●相続人:妻、夫の両親

●相続財産:自宅マンション、預貯金

伊藤綾子さんは、40歳のときに会社員の夫と再婚しました。再婚を機に、勤めていた会社も辞めて、現在は専業主婦をしています。夫婦には子供はおらず、また伊藤さんの前夫との間にも子供はいません。

 

結婚して3年目、伊藤さんの夫は夫婦で貯めた貯金を頭金にマンションを購入しました。それから数年が経ち、夫がくも膜下出血で突然亡くなります。突然の夫との別れに、悲しすぎて呆然とする伊藤さんに、夫の母がこう言いました。

 

「あんたのせいで、息子は死んだのよ!」

 

伊藤さんは夫の両親と、今まで良好な関係を築けていたと思っていたので、耳を疑いました。その後、遺産相続が始まると、夫の母親からは「息子が買った家から出て行け。出て行かないなら遺産の3分の1の金額を今すぐに支払え」と言われました。

 

伊藤さんは「夫の両親から出て行けといわれても、自分は働いていないので、住む場所を失ってしまうと困ります。どうすればいいのでしょうか?」と悲愴な顔で相談にいらっしゃいました。

遺産分割の際に遺産には含まれない「生命保険金」

伊藤さんのケースの場合、結論から申し上げますと、生前に夫が遺言書を作成し、

 

「妻に全財産を相続させる。両親は遺留分の請求はしないでほしい」

 

と残しておけばよかったのです。つまり、夫が遺言書を書いていれば、伊藤さんは夫の両親に家から追い出されるような事態を避けることができました。

 

夫の両親には遺留分がありますが、遺留分は法定相続分の半分です。両親の法定相続分の割合が3分の1ですので、遺言書に「妻に全財産を相続させる」と書いていれば、遺留分は6分の1になります。

 

ただ、伊藤さんのケースでは、夫が遺言書を残さずに亡くなられています。この場合は、法定相続分の割合は伊藤さんが3分の2、夫の両親が3分の1(父6分の1、母6分の1)になります。伊藤さんのケースでは、夫の両親が「息子の家に住み続けたかったら3分の1の代償金を払え」と言い、伊藤さんを家から追い出そうとしています。

 

例えば、遺産総額が4500万円だとしたら、伊藤さんは夫の両親に1500万円の支払いをします。これがもし、遺言があれば半額の750万円で済んだのです。夫の遺産は、自宅不動産と少しばかりの預貯金です。1500万円もの預金はありません。当然、伊藤さんにも1500万円もの貯蓄はありません。

 

銀行からお金を借りたくても、40歳から専業主婦を続けており、収入もないのでお金を借りることもできません。伊藤さんは、苦境に立たされます。

 

このように遺産の大半が不動産という遺産分割がいちばん紛争になりやすいのです。「このままでは、苦労してお金を貯めて買った思い出の詰まった家を売ることに……」それでは、伊藤さんのケースの解決策とは?

 

伊藤さんのケースでは夫が生命保険に加入していました。夫の死亡保険金は2000万円で、受取人は伊藤さんになっていました。生命保険金は、受取人固有の財産として扱われ、遺産分割の際には遺産には含まれません(相続税の計算の際には遺産に含まれます)。伊藤さんは、生命保険金から1500万円を夫の両親に払うことで、遺産分割は無事に解決できました。

 

とはいえ、遺産分割が終わったとしても、夫の死がきっかけとなって発生した嫁姑問題は、一生尾を引くことになるのは確かなので、心の底から喜べない事案となってしまいました。

本連載は、2015年3月1日刊行の書籍『おひとり様おふたり様 私たちの相続問題』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

おひとり様おふたり様 私たちの相続問題

おひとり様おふたり様 私たちの相続問題

武内 優宏

セブン&アイ出版

「自分が死んだあと、親族に迷惑は掛けたくない」。高齢者のおひとり様の相談では、口をそろえて皆さんがおっしゃいます。その不安を取り除くには、法律の知識を用いてさまざまな対策を考えて、実行していくしかありません。兄…

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