「いい加減にして」長女を絶句させた、長男の一言
もちろんカズオさんは寝耳に水。疑問符だらけの返事が返ってきます。サキコさんは慎重に話を続けます。
「お母さん、もう足腰弱いでしょ。家の階段でこけたりしたら大変じゃない。お父さんの貯金も結構あるし、老人ホームに入ってもらうタイミングかなって思って。兄さんは家を継いでよ。私たちは何も要らないから。お金もあげるよ」
これが、姉妹で出し合った結論でした。父の遺した預貯金はお母さんの老人ホーム代、そしてカズオさんの生活費に充てる。加えてカズオさんには家を継いでもらう。私たちは相続放棄をする。お母さんの面倒は姉妹で見る。……家族のためを想った、最大限の計画です。
そんな思いを知ってか知らずか、カズオさん、数分沈黙を続けます。見守るサキコさん。「何か考えがあるなら言って」と言葉を続けようとしたそのとき、静かに口を開きました。
「まあ別にいいけど……俺の服とか、どうなるんだ? お前がやるの?」
沈黙。そして「…………は?」と一言、いや一文字だけ零れ落ちたサキコさん。自身の兄が何を言っているのか、理解をするのに時間がかかりました。
「いやだから、洗濯とか料理とか、俺の分はお前がやるのか? それならいいよ」
真っすぐな目で言い放ったカズオさん。母の心配など一切しておらず、自分の日常をどうしようか、考えあぐねていただけのようでした。兄の素朴すぎる質問に、「やるわけないでしょ」とうんざりした声をあげます。
「私もヨシコも生活があるの。子どももいるし。兄さん、一人暮らししたことあるし大丈夫でしょ? お金もあげるんだから、いい加減自立してよ」
優しく諭すつもりでしたが、ダメでした。積年の恨みつらみが怒涛のように押し寄せます。罵声を浴びせるのはなんとかこらえたものの、顔は怒りで真っ赤です。
「え、いや、無理だよ。金あるとかそういう話じゃないだろ。俺わかんねえよなんも。どうすんだよ」
カズオさんも譲りませんが、話が要領を得ません。とにかく無理だ、ダメだから、を繰り返すばかりで、「駄々をこねている」だけのようでした。