(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢の親がいれば、だれもが心配する介護の問題。親と長く同居する子どもがいたら、いずれは親の介護の責任を背負うことに…。しかし、老親との関係に割り切れない思いがあったら? 実情を見ていく。

母に支配され、自分の人生を生きられなかったひとりっ子

高齢化が進展する日本では、介護問題は他人ごとではない。一方で、戦後のような「子だくさん」の家庭は激減しており、介護を担う家族は限られている。

 

――母から逃れようと思いました。

 

そう語るのは、50代会社員の女性、佐藤さん(仮名)。佐藤さんは独身で結婚歴もなく、15年前に父親が亡くなってからはずっと、今年80歳になる母親と、都内の実家で2人暮らしだった。

 

佐藤さんは短大を卒業したあと、一般企業に就職。「結婚するまで家を出るのは許さない」という母親の方針のもと、同居を強いられていた。

 

「両親から愛されたという実感はありません」

 

母親はとにかく世間体を気にする人で、佐藤さんの生活すべてを「世間はどう思うか」という視点から、がんじがらめに縛りつけた。父親は多忙で家庭には無関心。

 

「ほめられた記憶はなく、いつも批判されてばかり。両親から離れたくて、遠方の大学への進学を希望しましたが、〈女の子は短大で十分〉〈家から出すなんて危ないことは許せない〉と一点張りで、味方になってくれた高校の先生でも、説得できませんでした」

 

女性は母親の言いつけに従い、短大に進学。その後は、当時の多くの女性と同様、一般職として企業に入社した。

 

「友人との外食もすべて母親の許可が必要で、門限の9時を過ぎることは許されませんでした。泊りがけは許さないといって、旅行もNGでした」

 

そんななか、会社の同僚も、短大時代の同級生たちも、次々と相手を見つけて結婚していく。すると母親は、ずっとひとりでいる佐藤さんに〈もうじき30になるのに、一体何をやっているのか。結婚相手も見つけられない、恥ずかしい〉と、怒りをぶつけ始めた。

 

「母親の言いつけを守って生きていたら、これですよ…」

 

30代まではさまざまな葛藤があったというが、母親に抗しきれず、あきらめの境地に。そのまま50歳になるまで親子で暮らす道を歩んでしまった。


「母親は体が弱いのです。私が反抗するとすぐにベッドに倒れこみ、数日間は寝込むのです。〈仮病でしょ?〉なんていったら、もう大変。結局、こっちが折れるしか…」

人生をあきらめつつ、母の面倒を見るつもりだったが…

子どもを自分の支配下に置き、思い通りにしようとする親は少なくないようだ。当然子ども反発するが、親に抗いきれないと、佐藤さんのように押しつぶされたまま、年齢を重ねることになる。そのような関係では、円満なコミュニケーションなど望むべくもないだろう。

 

合同会社serendipityが20歳以上60歳未満の男女に対して行った『親子関係についての調査』によると、「親と円滑なコミュニケーションが取れているか」の問いに対して、男性が14.7%、女性が22.1%は「いいえ」と回答。また「親が毒親だったと感じることはあるか」の問いに対しては、男性25.5%、女性33.1%が「よくある」、男性36.3%、女性32.8%「たまにある」が回答。

 

※ 毒と比喩されるような悪影響を子どもに及ぼす親、子どもが厄介と感じるような親を指す俗的概念(ウィキペディアより)

 

これを見る限り、自分の親が「毒親だった」と感じている人は6割にもなる。

 

「父が亡くなってから、ますます母親は私にきつく当たるようになりました…」

 

佐藤さんの母親は専業主婦で、亡き父親は不在がちだったが、サラリーマンを真面目に勤め上げた人。そのため、母親は月額15万円程度の年金を受け取っており、ほかにも父の預貯金が2,000万円程度、そして佐藤さんが小学生時代からずっと暮らしている、築古の実家もある。

 

「父親の相続のときには、私は書類への捺印を求められただけでした。このとき初めて実印を触りましたが、その後は母が持ち去り、どこにしまってあるかもわかりません」

母親から放たれた、決定的なひと言

「これまで母親の意見に折れてきましたが、先日の〈母の言葉〉がきっかけになり、母への気持ちがなくなってしまいました」

 

母親に従順だった佐藤さんは、なんと50代になってから、実家を出る覚悟を決めたという。

 

「私はひとりっ子で、母親とはきわめて距離が近い関係。それに、母親は一度も働いたことがなく、20歳のときから父に養われてきた人。心のどこかで〈母親を助けなければ〉という気持ちがあったんですよね…」

 

ある日、例によって母親に小言を言われていた佐藤さんだが、決定的な出来事があった。

 

「母親から〈お母さんは、あなたの犠牲になった〉と言われたのです。一体どの口が言うのかと。人の心って不思議ですね。その言葉を聞いて私、何もかも本ッ当に、どうでもよくなってしまたんです…」

 

佐藤さんは数日のうちに、会社の沿線のワンルームマンションを契約。最低限の荷物をボストンバッグに入れて家を出た。

 

「母はまだ頭もしっかりしているし、家事全般も大丈夫。でも、これから介護が始まったら、もう逃げられないじゃないですか。家族は私だけですから、最後まで面倒を見るつもりだったけれど、もう母のことはいいです。本当に、もう知らない」

 

厚生労働省『令和4年国民生活基礎調査』によると、「要介護者」からみて「主な介護者」で最多は「配偶者」で22.9%。続いて「子」が16.2%。「事業者」は15.7%で6~7人に1人という割合となっている。

 

「お金もあるし、いざとなれば他人を頼ればいいでしょう?」

 

佐藤さんは、まだ母親が寝床にいる日曜日の早朝、「お母さん、もうムリ。ごめんね」というと、静かに玄関ドアを閉めた。

 

「自宅のカギは、ポストに返しました」

 

佐藤さんの人生は、50代にして大きな転機を迎えたようだ。

 


[参考資料]

合同会社serendipity『親子関係についての調査』

厚生労働省『令和4年国民生活基礎調査』


 

 

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