「身体」や「感情」が意思決定や行動に与える影響は想像以上
マネジャーの皆さんが置かれている困難な状況や、部下との対話や関係性を変えていくために役立つのが、本書のテーマである自分と他者の心身の「観察」です。ここでいう観察とは、自己と他者を知り、身体感覚・思考・感情を体験的に捉えること。外側から冷静に見る、というよりも、「内面で起こっている状況に気づく」ことを意味します。
これまでの記事で少しずつ出てきた「身体感覚」、「思考」、そして「感情」を観るということについて、本稿で触れておきます。これらは、それぞれのモード(図表1・2)の状態のときに、解像度を上げて(高い精度で)観察できるようになるために重要となります。
※「ポリヴェーガル理論」と「3色のモード」については前回記事で詳説(⇒『ビジネスパーソンの間で話題 「逃げるべき場面で“凍りつく”ワケ」を医学的に説明した理論 』)。
①身体感覚(身体反応)
~「身体感覚」は、実は「思考」よりも先に生じ、思考に影響を与えている
身体を観察するとは、身体を意識したり、身体の感覚を感じるということを意味します。企業で行われる研修では、「思考」ばかりが意識され、身体の様子を観察するようなトレーニングは、あまり行われていません。仕事は論理的思考などを駆使して頭で考えてするもの、という暗黙の前提があるからなのかもしれません。しかし、身体反応と、反応の結果起こる身体感覚を観察することも、思考と同様か、それ以上に仕事を進めるうえで重要です。
身体感覚は、事が起きるときに素早く生じて、その後に続く思考や感情に影響を与えます。思考は、実は身体の反応の後に起こるものなのです。そのため、身体感覚に気づくことで、無自覚な思考や感情の動きに早く気づくことができます。
具体的には、呼吸の深さや浅さ、速さや遅さ、鼻や喉を通る吸う息、吐く息に関する気づきを得たり、胸やお腹、背中の膨らみ凹み、その動きや、身体のさまざまな部分の温かさや冷たさなどを観察します。また、人と話しているときに、ふと笑顔になったことが自分でもわかったり、胸やお腹がぽかぽかと温かくなってきたりすることもあるでしょう。肩や首の硬さ、柔らかさといった力みや弛緩も重要な感覚です。頭が重い、痛いといった不調も無視しないようにします。目の疲れや頬が硬くなったり、歯を無意識のうちに食いしばっていたり、あるいはお腹が下ったり、胃がキリキリとする嫌な感覚も、大事なシグナルです。
こうした身体感覚は、瞬間瞬間でさまざまな出来事の影響を受けて変化していますので、その変化に気づけるようになること、自覚的になることが自己の観察の基本です。なお、身体感覚は「心地よいと感じるもの」「心地悪く感じるもの」「どちらでもないもの」に分類でき、後述する思考や感情とつながっています。心地よい感覚は、ポジティブ感情や心地よい状況を再現したいという欲求、思考や行動につながります。また、心地悪い感覚は、ネガティブ感情や心地悪い状況を避けたい欲求に関連する思考や行動につながります。どちらでもない感覚は自覚しにくく、欲求や思考や行動につながりにくく、記憶にも残りにくいものです。
これら3つの身体感覚の違いを知ること、感じられるようになることで、3色のモードの何色の状態に自分や他者が入っているかを知る助けになったり、自分や他者の言動の背景や、本当に望んでいることに気づく助けになります。
忙しいビジネスパーソンはこうした身体感覚に無自覚なことが多く、それだけ思考優位で日常を過ごしていることを心に留めておきましょう。
②思考(考え)
~現状では比較的鍛えられているものであり、自覚しやすい部分
一言で思考と言っても、さまざまなものがあります。時間的観点では、過去の出来事、未来への想像、期待する世界や状態に関する思考。種類でいうなら、映像のようなもの、静止画や絵のようなイメージ、あるいは言葉、頭の中の独り言などがあります。人によっては声(音声)で思考が聞こえています。
また、ずっと1つのことをぐるぐると考え続けていたり、小さなつぶやきのような考えが膨大な量、浮かんでいることもあるでしょう。自分で気づけるものもあれば、そうでないものもたくさんあります。思考が感情に連なって、自分の考えに気づいて楽しくなることもあれば、思考に気づいたことによって落胆したり、自己嫌悪に陥ることもあります。
③感情(気持ち)
~感情は本音や共感、身体の状態を知らせてくれる大事な情報
ビジネスパーソンは日々思考を鍛えて走り続けています。そのため、多くの人が、自分が本当に望んでいるものや、瞬間瞬間で何を感じているかという「感情(気持ち)」に気づきにくくなっています。特に怒りや涙など、仕事の場面で感情を出すのはビジネスパーソンとして失格、という考え方を持っている人も少なくないでしょう。ただ、どう抑えたとしても、気づけていなくても、感情は瞬間瞬間で生じていて、変化を続けています。感情とは、エネルギーのようなもので、心の動き、衝動です。
普段、あまり意識しないものですが、私たちは日々、本当にさまざまな感情を抱いています。図表3は一部の例です。
1on1など上司部下のコミュニケーション機会が増えてきている影響もあり、近年のビジネス書には、対話、関係性とともに感情をテーマとして扱うものが増えてきています。感情は本音や共感、そして身体の状態を知らせてくれる大事な情報です。赤・青・緑のモードの把握に続き、ぜひ自分や相手の感情を理解したいものです。
自覚しにくい「身体感覚」や「感情」…どうすれば気づける?
思考は、頭の中の声を実況中継をするようにすると認識できますが、身体感覚や感情は自覚しにくい人が多いようです。ですが、安心してください。練習することで徐々に感じられるようになっていきます。
練習法として最初にお勧めしたいのは、自分の感情や自分の身体感覚を天気に喩えてみるという方法です。晴れ、雨、曇、嵐、大雨でもいいですし、梅雨の間の一瞬の晴天、曇の中の晴れ間など、どんな天気でも構いません。天気に喩えて認識してから、自分の言葉で感情や身体感覚を言葉で表現してみます。いきなり特定しようとするよりも、言葉が出てきやすくなります。
身体感覚・思考・感情の「連動のパターン」を見つける
図表4を見てください。三角形の上に思考、下の辺に感情、身体感覚があります。有名な「氷山モデル」のように、上部に出ている思考は一般的に観察・自覚しやすく、海面下の感情、身体感覚は感じにくい人が多いことを表しています。また、この3つは相互に関連し合い、連なっています。
たとえば、忘れたい過去の記憶を思い出すと、不快な感覚が胸のあたりで生じたり、悲しさや後悔、自己嫌悪の気持ちが立ち上がってきたりします。未来に対するポジティブなビジョンなどを思い浮かべると胸のあたりが温かくなったり、笑顔で口元が緩んだりするでしょう。一見、関係性が遠そうに思える身体と感情ですが、実は連動しやすく、近い関係性にあるのです。よく意識してみると、ある感情を感じるときに胸が温かく感じたり、別の感情を感じているとき、肩が上がって呼吸が浅くなっている、といったパターンも見つかります。こういったパターンを見つけることも、観察の精度を上げることにつながります。
【著者】白井 剛司
株式会社ロッカン 代表
IMA MBSR(マインドフルネスストレス低減法)認定講師
Transform LLC. セルフマネジメント認定講師
【監修】
八谷 隆之 株式会社D・M・W 代表、作業療法士
吉里 恒昭 株式会社D・M・W 理事、臨床心理士
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