遺産分割が無効または取り消された場合に行うべき「手続き」
2. 遺産分割が無効または取消しとなる場合、遺産分割に基づいて移転した相続財産の承継方法を検討する
(1) 本事例について
本事例では、遺言の存在が発覚する前に、既に遺産分割に基づいて母親に対する不動産の相続登記、および、相談者と妹に対する預金の払戻しがされています。
前述のとおり、本事例の遺言の内容が特定遺贈または特定財産承継遺言の場合、当該遺産分割は当該遺言と抵触する範囲で無効となり、割合的包括遺贈または相続分の指定の場合、当該遺産分割は錯誤を理由として取り消される可能性があります。
遺産分割が無効または取り消された場合、既に遺産分割に基づいて移転された相続財産を、遺言に基づき取得すべき相続人に移転させるための手続が必要となります。
(2) 不動産の相続登記について
既に実行されてしまった不動産の登記については、抹消登記(特定財産承継遺言において母親以外の相続人に当該不動産を相続させるとされていた場合等)または更正登記(特定財産承継遺言において母親にも一定の共有持分を相続させるとされていた場合等)によって是正することになると考えられます。
なお、登記されている無権利の相続人から上記登記手続についての同意が得られない場合には、遺言により当該不動産を取得することとなる相続人または遺言執行者が、遺産分割に基づく所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟等を行うことになると考えられます。
(3) 預金の払戻しについて
預金についても、特定遺贈または特定財産承継遺言と抵触する遺産分割は、原則として無効です。
ただし、当該遺産分割に基づく預金の払戻しが民法478条の要件を満たしている場合、金融機関による預金の払戻しは、受領権者としての外観を有する者(債権の準占有者)に対する弁済として有効と考えられます。
本事例では既に相談者と妹が2分の1ずつ預金の払戻しを受けてしまっているため、民法478条により金融機関の払戻しが有効となる場合には、相談者は妹に対して、遺言の内容に応じて、妹が払戻しを受けた預金の全部または一部の返還を請求することになります(不当利得返還請求)。
なお、仮にまだ預金が払い戻されていない場合には、相談者は金融機関に対して、遺言に基づく預金の取得を主張することになりますが、相続による権利の承継については、法定相続分を超える部分の権利取得を第三者に対抗するためには、対抗要件を備える必要があるため(民899の2)、相談者が対抗要件を備えていない場合には、金融機関に対して法定相続分を超える部分の預金の取得を対抗することはできません。
よって、本事例においては、相談者が金融機関に対して、自己の法定相続分250万円を超える預金の取得を対抗するためには、法が定める対抗要件を備える必要があります。
(4) 遺産分割が無効・取消しとなった場合
なお、遺産分割が無効・取消しとなり、改めて遺言に基づき遺産分割を行う場合には、税務面で贈与とみなされないよう、税理士とよく相談した上で実施することが重要です。