父の死で相続発生も、相続人の1人が「行方不明」
70代の父が急死したことで、相続が発生しました。父の遺産は不動産と現預金の合計で、およそ1億円程度です。相続人は、70代の母と長女である50代の私、そして40代の弟ですが、この弟は妻子を置いて家を飛び出したまま行方不明で、ここ数年はまったく連絡が取れない状態です。
恥ずかしながら、私は熟年離婚をしたことから経済面に懸念があり、できるだけ速やかに遺産分割をして遺産を手にしたく、気持ちが焦っています。弟がいない状態で速やかに手続きを進める方法はあるのでしょうか。
50代女性(北区在住)
相続手続きの際に必要となる遺産分割協議には、法定相続人全員の同意が必要となります。遺産分割協議の内容をまとめた遺産分割協議書には、相続人の署名と、実印の捺印をしなければならないほか、印鑑証明書の添付も必要です。
そのため、このご相談のように、音信不通や行方不明の相続人がいるケースのように、相続人の中のだれか1人でも欠けてしまうと、遺産分割協議を行うことができません。
しかし、音信不通や行方不明の相続人がいる場合であっても遺産分割を行う方法はあります。いくつかの場合に分けて解説します。
(1)単純に連絡先がわからない場合
相続人と疎遠になってしまい、住所や連絡先が分からないだけなら、戸籍の附票を取得すれば、その相続人の住所を調べられます。
戸籍の附票は本籍地の市区町村において戸籍と一緒に作成されるもので、その戸籍が作られてから現在に至るまでの住所が記録されています。法定相続人であれば他の法定相続人の戸籍の附票を取得することが可能です。
戸籍の附票を取って住所を見つけ、手紙を出すか、直接現地を訪問すればよいでしょう。
(2)連絡しても返事が来ない場合
連絡しても返事が来ない場合は、最初は弁護士を代理人として内容証明郵便を送り、話し合う余地があるかどうかを探ってみるとよいでしょう。
それでも返事がなければ、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てます。調停を申し立てると、家庭裁判所から呼び出し状が送られるため、会って話し合いができる可能性が高まります。
(3)連絡先に住んでいなかった場合
戸籍の附票に記載された住所に住んでおらず、どこで暮らしているかもわからない。連絡手段もなにもないようなケースもあると思います。
そのような場合は、相続人が家庭裁判所に対して「不在者財産管理人」選任の申立てを行います。
不在者財産管理人が選任されると、どこに行ったのかわからない相続人の代理人となり、家庭裁判所の許可のもとで遺産分割協議を行うことができます。
ただし、不在者財産管理人や家庭裁判所は、必ず法定相続分以上を取得する内容でなければ合意しないため、注意が必要です。
「失踪宣告の申立て」という方法もある
行方のわからない人が相続財産を取得するのに納得がいかず、不在者財産管理人の申立てをせずに相続をおこないたい、というケースもあるかと思います。
その場合、当該の相続人が7年間以上行方不明であれば、家庭裁判所に「失踪宣告の申立て」をすることができます。
失踪宣告というのは、不在者の生死が7年間不明であるときに、家庭裁判所の審判によって法律上死亡したものとみなされる制度です。この法律的で死亡したとみなされることを「死亡擬制(しぼうぎせい)」といいます。
たとえば、不動産の所有者であるAが死亡し、その法定相続人が、配偶者であるB、長女のC、長男のDの3人ですが、長男であるDが行方不明だったとしましょう。
長男Dに配偶者や子どもがいない場合、長男Dが失踪宣告されて死亡したことになると、長男Dの相続も発生します。その場合、Dの法定相続人はDの直系尊属である妻Bだけになります。つまり、Aの相続人である長男Dの立場を妻Bが引き継いだことになるのです。
そうなるとAの相続については妻Bと長女Cの2人で遺産分割協議を行うことが可能になります。
また、長男Dに配偶者や子どもがいる場合は、長男Dの失踪宣告が行われると長男Dの法定相続人は配偶者と子どもになります。そうなるとAの相続人である長男Dの立場を配偶者と子どもが引き継いだことになるので、Aの相続については、妻B、長女Cだけでなく、長男Dの配偶者と子どもも合わせて遺産分割協議を行わなければなりません。
行方不明で連絡が取れない相続人がいた場合、不在者財産管理と失踪宣告のどちらを選ぶべきなのか、迷う方もいるかもしれません。
その際に、生きていることが間違いない場合や、行方不明になってから7年が経過していない場合には、不在者財産管理制度で遺産分割協議をおこなうことになります。
行方不明になってから7年以上経過していて、生死が不明な場合は、失踪宣告の申立てを選択することになるでしょう。
遺産分割協議書を作成せずに手続きを進める方法
遺産分割協議を行わずに手続きを進めたい場合、法定相続分どおりの相続であれば、遺産分割協議書の作成は必要ありません。
先ほどの事例であれば、Aが死亡し、その法定相続人が妻B、長女C、長男Dの3人で長男Dが行方不明だったとします。Aの遺産に不動産があった場合、本来であれば長男Dが行方不明のままでは遺産分割協議書を作成することはできません。しかし法定相続分どおりに取得するのであれば、相続不動産を相続登記することが可能です。
この場合でいえば、法定相続分は、妻Bが4分の2、長女Cが4分の1、長男Dが4分の1、です。
この相続登記は、共有物の保存行為に該当するため、妻B、長女C、長男Dのいずれか1人が代表して登記申請をすることができるのです。
しかし、この方法を使って相続登記ができたとしても、Dが行方不明のままでは売却することはできないため、問題を先送りするだけになります。
根本的な解決を目指すのであれば、不在者財産管理制度か失踪宣告のいずれかを選択する必要があるのです。
岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
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