(※写真はイメージです/PIXTA)

父が亡くなり、遺された財産を母と子といった相続人で分配する場合、「不動産+貯蓄」の総額を均等に分けるのが一般的です。しかし、均等に分けるには不動産を売却する必要があったり、代償金を支払う必要があったりと、トラブルに発展するケースが少なくありません。そこで活用したいのが「配偶者居住権」だと、司法書士法人永田町事務所の加陽麻里布氏はいいます。具体的な事例をもとにみていきましょう。

自宅の名義を「息子」にした忠志さんの真意

「たしかに名義はお父さんかもしれないけど、この家を譲り受ける権利は家庭を支えてきた私にあるべきよね?」

 

幸子さんは、あわてて隼人さんに問いかけます。大好きだった夫に裏切られたかのような気持ちでいっぱいです。

 

「お母さん、落ち着いて。お父さんは、俺とお母さんの今後のことをちゃんと考えて遺言をのこしてくれたんだから」

 

隼人さんは幸子さんをなだめつつ、忠志さんが遺言書に残した言葉の意図を説明しました。

 

配偶者居住権というのがあるから、お母さんは心配しなくて大丈夫だよ」

2020年に新設された「配偶者居住権」とは?

「配偶者居住権」とは、所有権が別の相続人に移っても、配偶者は無償でその家に住み続けることのできる権利のことをいいます。

 

「配偶者居住権」がないとどうなる?

今回の事例の場合、忠志さんが遺した財産は、3,000万円のご自宅と、数百万円の貯金だけということでした。このように、預貯金の金額よりも持ち家の価格のほうが上回ってしまう場合、被相続人の妻がそのまま自宅に住み続けてしまうと、共同相続人の相続分を侵害してしまうことになります。

 

例として、持ち家が井上さんと同じ3,000万円、預貯金が1,000万円で、共同相続人が母と子の2人である場合を考えてみましょう。このとき、トータル4,000万円を2人で割った2,000万円が、相続人1人の取り分となります。

 

しかし、2,000万円ずつ相続するとなると、持ち家を売って現金化し、そこから配分しなければなりません。井上さんのように、親子で良好な関係を築けていれば問題ないかもしれませんが、仲違いしている場合など、一方から「家を売って相続分を均等に分けろ」、「家はやるからお金はすべてこっちに寄越せ」などといった無理な要求をされ、相続トラブルへ発展してしまうケースも少なくありません。

 

配偶者居住権は、息子の節税対策にも

そこで、自宅の所有権は息子に相続し、妻には配偶者居住権を設定することによって、妻はそのまま自宅に住み続けられることができます。こうすると、仮に不動産居住権が1,000万円と算定された場合、数百万円の預貯金は妻の手元に残すことが可能となります。

 

また、井上夫婦のように相続人がご高齢な場合、妻が相続しても、またすぐに息子が2次相続をするという可能性が高くなります。この場合、1次相続において配偶者居住権を設定しておけば、2次相続時の相続税負担を抑えることができるので、節税対策にもなります。

 

配偶者居住権を取得する「条件」

配偶者居住権の取得要件は、前提として、取得者が法律上の配偶者でなければなりません。それ以外の取得要件は、以下のとおりです。

 

【民法1028条】

1.被相続人の財産に属した建物に相続開始時に居住していた場合

2.遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき

3.配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき

 

……幸子さんは、隼人さんの詳しい説明を聞いて納得。忠志さんがしっかり先のことを考えてくれていたことがわかり、「今後も安心して自宅で暮らしていけるのね」とほっと胸をなで下ろしました。

 

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