転職を機に給与が下がることは珍しくありません。一方で、ときにはあえて転職時の給与ダウンを受け入れるべきケースがあるといいます。本稿では、東京エグゼクティブ・サーチの代表取締役社長・福留拓人氏が、“あえて給与を下げる”意味とその戦略について解説します。
「過剰な給与交渉」は逆効果…給与ダウンを“あえて”受け入れる〈狡猾な転職術〉とは?【転職のプロが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

スタートアップへの転職時は「長所」に目を向ける

一方で、転職候補者が給与を自ら望んで下げることもあります。通常の「下がる」とは似て非なる「下げる」という行為。ここでは給与を「あえて下げる」転職術について考えてみましょう。

 

最近、著しく企業数が増加して今後の日本経済の牽引役と期待されているスタートアップ。

 

彼らは経営資源の確保のためにいろいろなところから出資を受けていますが、それでも資金面が脆弱であることは否めません。もちろん一気呵成に急成長を遂げることを期待して、リスクを背負いながらスタートしている訳ですが、経営資源の限界という問題は確実について回ります。

 

ということで、こうしたスタートアップ企業に転職するときは、たとえ役職や権限が上昇しても年収は下がるケースが大半です。ストック・オプション等の付与で給与ダウンを緩和するような条件提示をされることは珍しくありませんが、真水の報酬額は下がることがほとんどです。

 

そもそもスタートアップ企業に入社するときは、場合によっては年収を半分くらいにしてでも、そこで得られる経験や見返りを重視すべきであり、役職権限などの長所に目を向けることが重要です。短所とリスクばかりが気になる人は、スタートアップ企業への転職に向いていません。

 

スタートアップ企業への転職を検討する際は、このような前提を理解しておくべきでしょう。

明日の敵を「明後日の友」にする甲斐性

これまで筆者は方々で「経営陣に恩を売ることが大事」といい続けてきました。

 

転職先の会社に、自身がどのくらい必要と思われるかによって入社時の条件は変わります。「絶対この人の代わりはいない」「この人を中心に組織をつくろう」「この人をエースとして会社の成長に期待しよう」という大きな期待を寄せている相手に、わざわざモチベーションが下がるような条件を提示する会社は少ないはずです。

 

いうまでもなく、「どうしても入社してほしい」と思わせる人材は年収がアップしやすく、多少わがままをいっても要望を聞き入れてもらいやすいのです。

 

ところが、複数の役員が満場一致で転職者を迎え入れることはまずありません。

 

会社には、転職者の入社を歓迎する人と喜ばない人の2種類が必ずいます。ですから過剰な条件交渉というのは、もし妥結したとしても明日の敵を生み出す恐れがあるため注意が必要です。みえないところから手ぐすねを引いて待ち構えられてしまうかもしれませんし、大きな成果を挙げても称賛されることはなく、「その年収なら当たり前のことだ」と低く評価されてしまうことさえあります。

 

そこで、スタートアップ界隈ではよく聞く話ですが、明日の敵を「明後日の友」とするような甲斐性が必要になります。あえて低い給与水準を受け入れて入社することで、自身の入社を歓迎しない転職先のキーパーソンを封じ込めることができます。その行為には、実績を出した後の社内でのプレゼンスを高めるという効果もあります。

 

ただこれは、「能力は高いが、ふさわしい年収を得られていない」ケースに限られる交渉手法だといえそうです。

 

近い将来、有力なポストへの抜擢が期待できそうな転職先であれば、「あなたの年収は高過ぎて、ウチではどうしても下がってしまう……」という提示を受けたとしても、転職先で優れた結果を出してプレゼンスを高めた後は、いろいろな交渉がやりやすくなるという利点がありますから、あえて年収減を受け入れてみることも1つの戦略といえます。

 

これは上級者向けの転職手法といえますが、ときには“狡猾に”動いてみることも必要なのかもしれません。