クリニックは、もう閉じることにします…〈医院承継〉の夢果てた67歳・開業医の“無念”。「どこで何を間違えたのか」【富裕層専門FPの相談事例】

クリニックは、もう閉じることにします…〈医院承継〉の夢果てた67歳・開業医の“無念”。「どこで何を間違えたのか」【富裕層専門FPの相談事例】
(写真はイメージです/PIXTA)

今回の相談者は、某地方都市で親子2代にわたるクリニックを経営しているA院長。同じく医者となった長男に継いでもらうために私財を投じてクリニックの建て替えを行いましたが、長男からは思わぬ反応が。本稿では株式会社FPイノベーションの代表取締役・奥田雅也氏が、事例を基に開業医が理想の人生設計・ライフプランを実現するためのポイントを解説します。

決算書自体は悪くないが…後継者募集への問い合わせは「数件」

過去3期分の法人申告書と決算書に目を通すと、病床売却で得た資金と過去の内部留保を合わせ、ある程度の普通預金残高がありました。加えて、建て替えをした診療所の建物と土地があり、目立つ負債は院長が医療法人に貸付をしている「役員借入金」のみ。金融機関からの借入金はありません。

 

役員報酬はそれほど高額ではありませんでしたが、院長が体調不良で在宅診療を止めたこともあり、収入はかなり落ち込んで医業収益は若干の赤字。損益計算書は厳しい内容でした。

 

医療法人の決算書自体は悪くありませんが、高齢化・過疎化が進む地方都市のクリニックを継ぎたいと思う医師が現れるかどうかは非常に微妙なところ。近隣の医療機関が引き継ぐとしても少し厳しいように思いましたが、とりあえずは医療法人の3期分の申告書と決算書などの資料のコピーを預かりました。

 

最後にA院長に承継に対する希望を聞くと、「とりあえずこの医院を引き継いでくれる人がいるなら、医療法人の出資持分は無償で譲っても構わない。ただ私が医療法人へ貸している数千万円の貸付金については、退職金替わりとして返済をしてもらえれば十分」とのこと。後継者への承継については、「スムーズに引き継ぎができるよう、体が持つ限りはバックアップします」と話していました。

 

筆者は、提携している各種専門家と相談する旨を伝え、その日の面談を終えました。

 

事務所へ戻ってから、各種専門家へ相談するも、皆、認識は筆者と同じ。かなり厳しいとは思うが一応は匿名で情報を開示し、後継者を募集することにしました。ただ反応は渋く、数ヵ月間開示を行っても数件の問い合わせがあっただけで、前に進みそうな話は出てきませんでした。

 

数ヵ月後、改めてA院長を訪ね、後継者を見つけることはかなり困難である旨を伝えると、落胆をしたA院長は「わかりました。お手間を取らせて申し訳ありませんでした。実は先日ガンがみつかり、従前のパーキンソン病と合わせてかなり体調が悪いのです。もうクリニックは閉じることにします。いままでありがとうございました」と深々と頭を下げました。

開業医に求められる「経営のセカンドオピニオン」と体調管理

A院長の力になれなかった無力感に包まれながら帰路につきました。道中、A院長はどこで何を間違えたのかということを、筆者はずっと考えていました。

 

まず、長男の継承意思を確認せずに有床診療所を建て替えたのは時期尚早だったのではないかという点。

 

A院長は、金融機関から借り入れを行わずに数億円の建物が建てられるだけの資産を持っていたのに、すべてつぎ込んでしまったために個人資産はほぼゼロの状態になってしまいました。

 

少なくとも、長男が医師免許を取って、地元へ帰ってくる意思表示をするまで、診療所の建て替えは保留にしておいてもよかったのではないかと思います。

 

加えて、A院長自身の健康管理を蔑ろにした点も見逃せません。

 

「医者の不養生」ということわざがあるように、医師(とくに開業医)が定期的な健診を受けずに体調不良が顕在化して、動けなくなったときには手遅れだったというケースには残念ながらときどき遭遇します。

 

数億円の蓄財をつぎ込んで建て替えた診療所を無駄にしないよう、長男を必死に説得しつつ、同時に地域医療への貢献を重んじて自身の健康管理を蔑ろにしたことが、67歳という年齢で診療を止めざるを得ない状況にA院長を追い込んでしまったのかもしれません。

 

開業医にとって重要なことは、「経営のセカンドオピニオン」を作っておくこと。加えて、理想の人生設計・ライフプランを実現する上では、自身の健康管理が不可欠であることを改めて痛感した事例でした。

 

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