「三田会」自動的に加入…卒業生は「塾員」と呼ばれる
1858(安政5年)、かの福沢諭吉が江戸で蘭学塾を開始したことを起源に持つ大学、「慶應大学」。2020年3月31日時点で、幼稚舎・中等部・高等部・大学の拠点は全部で20。都内や神奈川が中心だが、そのほか山形県、大阪府、さらにはニューヨークにも学舎が存在している。
何かと話題になる同大学。下記の事実はご存じだろうか。
① 三田会はひとつではない。地域・業種ごとに各々の三田会がある
慶應義塾大学の卒業生は、自動的に「三田会」に入会する。各業種ごとに三田会を設置していることも珍しくなく、「公認会計士三田会」「三田法曹会」といった団体もある。「公認会計士三田会」の規模は大きく、大学別公認会計士試験合格ランキングで45年連続1位になっていることからも、特に重要な三田会といえよう。これらをすべて統括するのが「慶應連合三田会」だ。
② 帝国ホテル地下に三田会があった
塾員(慶應大学卒業生の総称/なお学生は「塾生」)の会員制倶楽部「東京三田倶楽部」。本部を帝国ホテルの地下1階に据え、活動していた。2023年7月末をもって閉店するものの、9月より銀座にてリニューアルオープンされる予定だという。
③ 「先生は福沢諭吉のみ」徹底した意識
慶應のシラバスなどでは大学教授の敬称が「君」と記されている。学生に聞いてみれば、普段の授業で教授を「君」呼びすることはさすがにない…とのこと。
通常の大学では起こり得ない事実の数々だが、当たり前のように受け入れているものなのだろうか。元慶應生の声を聞いた。
「三田会ですか…。何回か参加したことがあります。×ホテルの一室で開催されました。普段会えないような偉い人とも名刺交換できるので、それはよかったかな。格式高い様子の人がいっぱいいました。仕事が忙しくなってからはさっぱり行かなくなって招待も減りましたが…。慶應連合三田会の集まりにはいずれ参加しようと思っています。まあ総じて、良い大学ですよ、やっぱり。不満を持って生活している学生は少ないと思います」(2018年卒業・法学部)
「早慶戦のこと、『慶早戦』と呼びかえるんですよね。学生時代は、わざわざ細かいことを…と遠い目で見ていましたが、今思うとそういうのも大事な文化だったのかな」(2015年卒業・文学部)
「節目となる創立周年には、開校記念日に数時間、ディズニーシーが貸し切られるイベントがおこなわれました。小中高生も含む塾生、卒業生と関係者が入場可能でしたね。またあればと期待しています」(2019年卒業・経済学部)
OB・OGの人脈が拡大の一途をたどるなか、慶應が学生数の確保にも力を入れていることはご存じだろうか。